第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
柚霧が向けたのは、憂いを残すような綺麗な笑みではなかった。
ほのかに頬を紅潮させた、はにかむような微笑みだ。
「胸を張れるような生き方はしていないけれど、あの時の私は無駄なものじゃなかったんだって、そう、思える気がして……少しだけ、自分を好きになれそうな気がして」
「っ当然だ。無駄なものなんて一つもあるものか」
自嘲ではない。
それでも立派とは言えなかったとはにかみ笑う柚霧に、気付けば杏寿郎は声を上げていた。
「俺だってそうだ。陽が沈む夜は鬼が蔓延(はびこ)る時間だと、いつも神経を尖らせていた。闇夜の時間が長くなる冬場程、人々への脅威も増すのだと気が張った。その夜を、初めて待ち遠しく感じたんだ。君に出会える時間だと」
「……」
「初めて、家族ではない誰かと心を交えることに安らぎを感じた。俺が鬼殺隊であることも、君が鬼であることも、立場も境遇も掠れてしまう程、愛おしいと感じる心を知った。俺にそれを教えてくれたのは彩千代蛍という女性だ」
"彩千代蛍"という名に、柚霧の唇が結ばれる。
ぴくりと微かに揺れた暗い瞳を見つめたまま、杏寿郎はふと声を和らげた。
「その蛍の心を守ってくれたのは、君だろう柚霧」
柚霧という名で蓋をして、煌びやかな化粧で仮面を被せたのだろう。
そうして本来の蛍の心を守り続けたのだ。
「鬼でありながら、誰より人間らしい心を持っている。そんな蛍だから惹かれた。そんな蛍に他者を愛するということを教えて貰った」
暗い瞳が、まじまじと杏寿郎を見つめ返す。
「蛍のその心に愛を与えたのが姉君なら、その心を守ったのは柚霧だ。…無駄なものか。君と姉君がいたこの花街の世界も、過ごした時間も、全て」
一つでも道筋が違っていれば、自分は杏寿郎の温もりを知らなかった。
そう告げた柚霧と同じなのだ。
「君と姉君がいてくれたから、今の俺と蛍がいるんだ」
彼女達がいなければ、今の自分達はいない。