第21章 箱庭金魚✔
「母上。彼女が、彩千代蛍さん。俺が生涯の伴侶と望んだ女性です」
「ぁ…彩千代、蛍です。杏寿郎さんには、いつもお世話になっています」
「はは、そんなに構える必要はない。父上の時とは違うんだ」
「う…うん」
墓石を前に緊張など、とも思うが、それだけ蛍が亡き魂とも向き合おうとしてくれているのだろうと。杏寿郎は優しい目で見つめた。
「母上に君のことを報告できた。それだけで十分だしな」
「姉上が一緒なら、父上も来てくださるかと思いましたが…」
「うむ。誘いはしたが返事の一つもくれなかった」
だからこそ父にもいて欲しかったと、残念そうに千寿郎は肩を落とした。
蛍と槇寿郎が晩酌をしたことは、後で千寿郎も聞いた話だ。
溺れるように酒を呷(あお)っていたあの父が誰かと晩酌など、と驚いたものだ。
だからこそ僅かな期待を持った。
命日と盆には、槇寿郎も瑠火の下へと足を向ける。
新しい家族となる蛍がいれば、それ以外の日でも出向いてくれるのではないかと。
しかし家を出る前に、長い時間をかけて杏寿郎が一人で誘いに向かったが、戻ってきたのも杏寿郎一人だけだった。
「やはり私も説得に加勢すればよかった。兄上だけに任せてしまって」
「気にするな、俺がそうしたかっただけだ。それより千寿郎、水汲みを頼めるか? もう少し足場も水撒きで綺麗にしておきたい」
「はい」
空になった手桶を渡せば、返事一つで千寿郎が墓地入口の井戸へと向かう。
その背中を見送っていた杏寿郎は、一息つくと墓石へと向き直った。
「蛍」
視線は墓石へと向けたまま。
呼んだのは、隣に立つ蛍。
「今日、父上に話をしたんだ。昨夜、俺と共に考えろと父上が告げた、婚約承諾の件について」
「──!」
「現時点で蛍が子を授かることは難しい。それを父上は知らない。人に戻る決意をしたんだ。無暗に知らせる必要も、今はない。故にそこは伏せて父上に告げた。跡取りにこだわらず、俺は蛍と共に歩みたいと」
「槇寿郎さんは、なんて…?」
食い入るように見つめる。
蛍のその強い視線を受けて、ふと横目に杏寿郎は笑った。