第47章 猫柳
緩やかな山道をただ歩く。
足下で雪がぎしぎしと鳴り、吐く息が白く視界を遮る。
小さな足跡が点々と先へ続いていた。
歩幅にムラがあり、時折よろけたり転んだりしている跡が残っている。
何なら一度崖から転げ、這い上がった様子までわかる。
鬼鮫は足を止め、苦闘の跡をじっと眺めた後、少し足を速めて先を急いだ。
道の両脇は雪に覆われた木立。杉の木が高くそそり立ち、低木樹が茂り、笹の藪がある。時折青々した杉からはらはらと雪が散り落ち、つんとした香りが鼻を刺す。
嗅ぎ慣れた、腹と胸がぎゅっとなる香り。
標の足跡は懲りもしない様子でよろけたり膝をついたりしながら、先へ先へと続いている。
乱れながら進む小さな足跡が灯された灯りのように思えて、鬼鮫は外套の立ち襟に口元を埋めちょっと笑った。
木立の隙間から覗く空が濃く碧い。深い海のような藍がかった空。
浮かぶ雲のない空に、鬼鮫の白い息が立ち昇って消える。
不意に視界が拓けて、鬼鮫は足を止めた。
見晴らしのいい中腹、人影がある。
追って来た標の終着が、鬼鮫に背を向けて雪山の遠景を見渡している。遠くに海、広がる空。
足を踏み出す前に振り返られた。
温かな笑み。
陽射しに温まった猫柳の、柔らかく優しく愛おしい笑み。
何度も転び、あまつさえ崖から落ちたり這い上がったりしたせいで、さんざ雪にまみれた格好で無頓着に、楽しげにこちらへ駆け寄って来る。迷いなく、真っ直ぐに。
また転びかけたその冷たい身体を受け止め、鬼鮫は深い息を吐いた。
温かい。
松の葉と杉が香る。
山の香り。この人の香り。
辿り着いた標を抱き締めて、鬼鮫は胸苦しくまた息を吐いた。
温かい。
弥栄