第1章 入国―Engagement―
「遠方遥々お越し頂きありがとうございます。雪隠れの里は年中雪に覆われていると存じておりますが、火の国は近頃猛暑が続いています。道中何事も御座いませんでしたか?」
一族の当主の定位置であろう立派な掛け軸の前であぐらをかき、目の前で鎮座する異民族に語りかける、日向ヒアシ。
木の葉隠れ屈指の権威を誇る日向一族の当主ともあれば、どこぞと知れぬ田舎者との対面など、片手で煙管を吹かしながらでもしたり顔を決めていそうだが、
日向一族というのは成り上がりの富裕層には属さない、長い伝統を持った由緒正しき旧家である。
一族全体に漂う奥ゆかしさや品性は、彼らの誇り高き血筋によるもので、ちょっとやそこらの身分違いで他人を見下したりしない。
少なくとも目に見える範囲では。
「労りのお言葉、恐縮に御座います。しかしご心配には及びません。徐々に身体を馴らしながら移動してきましたので体調不良の者は一人もいません」
軽く頭を下げる大柄の男は舞鶴家の当主、舞鶴カゲロウ。
里では豪酒として有名で、三日三晩飲み続けてもまだ足りないと喚くくらい酒好きの男だ。
カゲロウの豪快な性格からすれば、相手の顔色を窺いながら対談するなんて性に合わないはずだが、今回ばかりは好き嫌い言ってられない。
何しろ、里の命運がかかっているからだ。
嫁に出す娘の親に不手際があったせいで今回の話は無し―――なんてシャレにならない。
それだけ重要な対談なのだ。
「そうですか、なら良いのですけど、もし不都合があれば遠慮せず使用人に言って下さい」
「お心遣い有難うございます」
「―――で、本題に先立つ婚姻の話で、日向からは宗家に男児がいないので分家から出す形になるのですが、宜しいかな?」
舞鶴からは宗家の、しかも文武共に優秀な長女を嫁がせることになっている。
それほど捨てがたい人物を人質として譲らなければ、同盟を申し込む側として相手に信用して貰えないからだ。
ただ相手側は同じようにする必要はない。
誰に見せても恥ずかしくない、でも異民族の婿にやっても一族の名に傷はつかないくらいの気持ちでいい。
口出し出来るはずもない。
「貰い受けて頂けるだけでも有り難いのに、それ以上望むことが有りましょうか…」