第1章 鬼灯の冷徹 / アイスクリーム
「ああ、いえ。私はこれでも十分楽しませてもらってますよ。台風なんて経験、そうそう出来るものじゃないですから」
「ふふ、珍しいですね。普通は台風が来る前に、沖縄を離れる旅行客が多いんですよ?」
「そのようですね。ですが台風も沖縄の文化だと思えば、結構楽しいですよ」
語尾と共に首を傾げる加々知。常に険しい表情の彼が、時折見せる可愛らしい仕草である。その姿は、彼を知る者であれば見慣れた傾げ方だろう。だが出会って数日しかたっていない球代にとっては、初めて目の当たりにする仕草であった。
表情の変化は乏しいが、彼の何気ないジェスチャーを目にするたび、何処か親近感が湧くのを球代は実感していた。存外、とても博識で好奇心旺盛な青年は、今まで出会った客の中で一番面白い。台風までも楽しめる強者は、人生を沖縄でしか過ごしていない球代にとって、新しい世界を紹介してくれる愉快な人だ。
「沖縄の文化かあ。そう言う見方もあるんですね」
「すみません、流石に災害を『文化』と呼ぶのは失礼でしたか」
「全く気にしませんよ。ウチナーンチュ(沖縄の人)は台風なんて平気ですから!」
「そうなんですか。まあ、毎年の事ですし、慣れてはいるんですよね? 台風が来るつど、家に居るのはさぞ退屈でしょう」
「逆ですよ、逆! 普段は台風で仕事から早く解放された後、普通にカフェとか遊びに行きますからね」
意外な返しだった。あれほどニュースで外は危ないと聞かされていれば、普通の人間は家に引きこもるのではないだろうか。刹那に浮かんだ不思議に思う気持ちを球代に伝えようとするが、それをするまでも無く、球代の口は動いていた。