第1章 鬼灯の冷徹 / アイスクリーム
実は加々知、かれこれ一時間以上もカフェにいる。何度もおかわりをしている紅茶は、もう口に運ぶ事すら億劫だ。台風シーズンに旅行をした、己の自業自得だと理解はしているが、これほど暇になるとは予想外だったのだ。
地獄を離れる前、当選した旅行券を片手に沖縄の天気予報をチェックしていた記憶は、今でも鮮明である。「善は急げ」のスタンスを持ち合わせている彼にとって、台風の情報は毛ほども障害にはならなかった。むしろ地獄にいては中々体験できない環境に、興味が先走る。
五十年に一度……下手すると百年に一度しか訪れないような大型台風を逃す訳がない。もちろんそれを知った閻魔大王を始め、彼の身を案じた周りの仲間達からは引き止められた。けれど、こう言った災害時こそ人間の本性が見えるものなのだ。特に楽しみにしていたのが、旅行客の反応。バカンスで人気の事ある沖縄だが、台風でせっかくの旅行を潰されて嘆く、軟弱な人間の様を目に焼き付けたい。そして地獄処に使えそうな罰のヒントを、台風を通して探りたい。そんな腹黒い期待で、自ら台風と鉢合わせるするタイミングを選んだ。
だが、それらの計画は珍しく失敗に終わる。泊まっていたペンションで旅行客を観察しようと決めていたのだが、当の旅行客はそそくさと沖縄を離れていたのだ。
現実的に考えて、台風で旅行を邪魔されるのはせいぜい一日・二日。安全なホテルに泊まれば、台風が去った翌朝からは普通に沖縄を楽しめるはずである。だがその「たった一日」も我慢できず、大型台風に恐れを抱き、予定を前倒しで帰った者は多い。予想以上に軟弱な心を持つ現代人に、正直ガッカリしていた。
せめて地元の人間から台風に対する恐怖を暴こうと思ったのだが、収穫はなし。さすがに毎年訪れる災害なだけあって、文句はあっても恐怖など欠片もなかった。「畑が荒れるのは嫌」と言う不満一つで、あとは「自然現象だから仕方ない」と割り切った考えだ。規模の大きい台風なので、安全対策は念入りにしているようだが、不安を煽るような意見は一つもない。