第9章 はじめて
朝。
少しだけ遅い時間
夜の湿り気が、まだ残っている。
みかは家を出て、足を止めた
通りの向こう
壁にもたれている影
「……よ」
顔を上げる
サンジ
「……来てたんだ」
「まあな」
短い返事のあと、なぜか視線だけが離れない
「……昨日のこと、ちゃんと覚えてなくて」
「……覚えてねェのか?」
みかは小さく首をかしげた
「え?」
一瞬だけ、空気が止まる
触れたのは、一瞬だった。
それがキスだと気づいたときには、もう離れている
サンジはそのまま、みかを見た
「……え」
息が少しだけ乱れる
言葉がすぐに出てこない。
「……なに、いまの」
サンジの目が揺れる
「……いや」
視線を外す
ほんの一瞬、言葉を探すように
「……ほんとに、覚えてねェのか」
みかは答えない
答えられない
でも
さっきより少しだけ、離れにくい
理由は分からない
「……じゃあな」
振り返らない
そのまま、サンジは歩いていった
残された空気だけが、少し重い
みかはその場に立ったまま
胸の奥だけが、ざわつく。
触れられた感覚だけが残る
なんだかわからないまま
そこに残り続けている