第1章 誰だった
海は、やけに静かだった。
音がないわけじゃないのに、どこか遠い。
サンジの目の前にはみかがいた。
逃げようと思えば立てる距離。
それなのに、動かない
その距離は、近いのに、どこか届いていない
みかはサンジを見ていた
でも見ているはずなのに、焦点が合っていない
ほんの数秒前まで、みかは何かをずっと話していた。
言葉は途切れず、感情もちゃんとあった。
なのに今は――静かすぎる。
サンジは笑おうとした。
いつも通りに、軽く流すみたいに。
でも、うまくいかない
みかはそこにいる
変わらない顔でいた
サンジの喉が、小さく動く。
言葉にならないまま、何かが詰まる。
腕は離れない。
一瞬、視線が落ちる
ほんの一瞬だけ
戻したときには、もう遅い。
「……あなた、誰ですか?」
サンジは一瞬だけ息を止めて、それからゆっくり口を開いた。
「……おれはサンジだ」
「コックやってる」
涙が一粒だけ落ちた。
でも腕は、まだ離さないまま
みかは、少しだけ首をかしげる
それでも、なぜか
唇がわずかに動く。
「……なんで……」
小さく、かすれる。
一瞬だけ、言葉になりかけて――消える。
そしてもう一度。
「……あなた、誰ですか?」