第7章 序曲(オーヴァチュア)
けたたましい歓声と鐘の音が、壁を震わせた。
勝利の報せが街の隅々まで行き渡ってゆく。
窓の外はざわめきに満ち、祝祭の気配が押し寄せてくる。
「……もうすぐ父上が上機嫌で戻られるわ」
エレオノーラはわずかに窓に視線をやる。
窓の外に広がる喧騒とは裏腹に、その声は淡々としている。
「勝利を示すための祝賀が開かれるの。私はそこで歌うことになる。――アリアを」
鐘の音が、ひときわ大きく鳴り響いた。
楽譜に向かったまま聞いていたイルミは、視線をエレオノーラに滑らせじっと見つめ返す。
「お引き受けくださるならイルミ先生、貴方を推薦します」
イルミはスッと椅子から立ち上がり、数歩エレオノーラに近づいていく。そして右手を差し出した。
「願ってもない光栄だ」
エレオノーラの華奢な手が、そっとその上に重ねられる。
短く触れたその手中には十分な合意があった。
見つめ合う二人の間には、互いの利害がぴたりと一致した冷めた満足が静かに落ちていた。
それから程なくして、王国からの正式な依頼が届いた。
推薦したのはエレオノーラだけではない。
音楽家兼資本家のゾルディック家は、日頃から文化や観光等を通じて地元に広く貢献している。そのためパドキア共和国の有力貴族からも後押しがあったことが、大きく効いたのだろう。
オペラの作曲家という役目は、音楽家にとって大きな名誉だ。
イルミは宮廷での退屈な演奏をこなしながら、この機会をずっと待ち望んでいた。
今宵パドキアでは、ゾルディック家は知らぬ者のない音楽の名門だ。
しかし此処グラーデンではそうではない。王族や一部の貴族、エリート商人以外にその名を知る者は少ない。
グランツェ王国は戦争に勝利した。その祝賀として国家行事のオペラ公演が決定し、王女エレオノーラが勝利の象徴として舞台に立つ。
その作曲を任され、成功すれば、北方辺境領グラーデンにおけるゾルディック家の名は一気に高まるだろう。
だからこそ、このオペラは絶対に成功させなければならない。それが、ゾルディック家のさらなる繁栄の道だ。
全てが順調に進んでいるように思えた。