第3章 崩れゆく調律
ニナ=セルディアが生まれた家は、代々続く音楽の血筋だった。
古びた小さな家屋で、父は祖父から受け継いだ古楽器の修理を細々と続け、母は家事の傍ら弦の張り替えや鍵盤の調整を手伝いながら、なんとか四人の子どもたちを育てていた。
家の中はいつも木の香りと松脂の匂いが混じり、夜になると父が古いリュートを爪弾き、母が低くハミングする声が響く。それがセルディア家の日常だった。
しかし、音楽だけでは家族を養うことはできなかった。
兄二人が大学へ進みたいと言い出したとき、父は長い間、沈黙したまま炉の火を見つめていた。
やがて彼は決断した。
遠い親戚筋にあたるゾルディック家に、手紙を出したのだ。
ゾルディック家は、セルディア家とは比べものにならないほど裕福で、古くから領主に仕える名門だった。
音楽の才のみならず、政略と財力、そして冷徹な計算によってその地位を築いてきた。
彼らは血のつながりすら取引に用い、恩を与え、必ず対価を求める家だった。
手紙の返事は意外に早く届いた。
「娘は預かる。務めを果たせ」
父は手紙を握りしめたまま、長い間うつむいていた。
紙がわずかに歪む。
「……これで、いいんだ」
誰に向けた言葉でもなかった。