第4章 感情線の混線
「ありがとうございました」
「いえいえ、明日も朝から来るんでしょ?」
「はい、影浦?くんにも謝りたいし」
「相変わらず律儀だねぇ」
「後ろめたいのがイヤなだけですよ。…それじゃあ、入りますね」
「あ、花衣ちゃん」
背中を向けようとしたらそれを止めた迅さんの声。視線を合わすと口角を上げて、いつもの何考えてるか分からない表情。相変わらずはどっちなの。
「もしこの先悩んだり迷ったりしたら、どんな些細な事でもいいから相談して」
「なんですかそれ」
「なんだろうね。強いて言えば罪滅ぼしってやつ?」
「なんか悪いことでもしたんですか?」
分かってて聞いた。
この人はあたしが思ってるよりずっといろんなものが見えて、ずっと頭も使ってる。それ故に強引な選択を、例えそれを自分が望んでいなくても選ばなきゃいけない立場なんだ。少なくともあたしに罪の意識を持つぐらいには。
「大丈夫ですよ、もう嫌ってませんし、今は今でけっこう楽しいんで」
「あれ、おれってもしかして嫌われてた?」
「どの口が言ってんですか、ほんと白々しい」
それでいてあたしが気を使わないようにって、いつもちゃらけて見せるんだ。人よりずっとお人好しなくせ、自分が悪者になることを喜んで引き受けるような人。
「じゃあ花衣ちゃん、また明日」
「はい、おつかれさまでした」
階段を上った廊下の端で、見下ろせば迅さんの背中。澄んだ空気と、疎らな星の下。寒い寒い季節がやって来る少し手前の心の変化。
それは、
大嫌い、から人としては好き、に変わった瞬間だった。