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天狐あやかし秘譚

第98章 一業所感(いちごうしょかん)


イザナミの精神が乱れた時、彼女の胸の中心から、ぼやっと浮かび上がるものがあった。それは少女の姿、片霧麻衣のそれだった。

「ま・・・いちゃん・・・」

なぜ・・・麻衣ちゃんの姿が?・・・その理由はわからなかった。
もしかしたら、両親の骸がイザナミを止めようとし、それに動揺したイザナミの力が弱まったせいなのだろうか。依代として取り込まれたはずの麻衣が分離しようとしているのだ。

これが千載一遇の、逃してはいけないチャンスだということが綾音には分かった。

イザナミを・・・イザナミを祓うなら・・・今しか・・・

綾音が軋む身体をゆっくりとダリの方に向ける。身体を動かすたびに、足が、腕が、腐り落ちそうになる。右目がズルリと抜け落ち、左手首はだらりと垂れていた。開けた胸は黒ずんでおり、あちこちにある傷は、醜い死斑を形成していた。

綾音の目にダリが映る。

両の足を折り、肩、胸、腹、腕、首や耳すら撃ち抜かれ、満身創痍だった。かろうじて顔は前を向いているが、目に生気はなく、妖力が完全に枯渇していることが伺えた。ピクリと動くこともしない。

『ずっと、ずっと私のために戦ってくれた・・・
 こんなになるまで・・・
 ありがとう・・・ありがとう、ダリ・・・
 でも、お願い・・・麻衣ちゃんを助けたいの
 もう一度だけ・・・お願い』

・・・立ち上がって・・・

綾音は、腐りかけ、蛆が湧く唇を、ダリのそれに、ゆっくりと押し付けていった。
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