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天狐あやかし秘譚

第98章 一業所感(いちごうしょかん)


黄泉の王であり、上位神であるはずの自身と、あやかしの男の間に立ちはだかる人の子。なんとか掲げている両の手は震え、足もくず折れそうになっている。腐りかけた頬肉は歯を食いしばることすら許していないだろうに・・・

ーなのに、なぜ、あのような目で妾を見つめるのだ?

その目は死者が持つ独特の淀みを持っていなかった。ふらつきながら、震えながら立つ女の目は輝きを失ってはいなかったのである。

「傷・・・つけ・・・るな!」

ー傷つけるな、だと?

イザナミは心の中で失笑する。『骸』ごときが、何をたわけたことをと嘲笑った。

ーお前が必死で守ろうとしている、その男。それが、今でもお前を愛しているとでも思っているのか?
 死して、骨が剥き出しになり、蛆にたかられ、黄泉の死臭を纏ったお前が、愛されるとでも?
 与えたところで無駄だ。
 何も帰ってきはしない。
 虚ろに水を注ぐようなものだ。

ピ!

イザナミは黒い光弾で綾音の足を撃ち抜いた。

ー『骸』とて、痛みはあるだろう?
 足が折れれば倒れざるを得ないだろう?
 お前が倒れれば、その後ろの男も道連れに殺してやろうぞ・・・

ピ!

もう片方の足も撃ち抜く。『ぐう・・・』と苦悶の表情を浮かべ、綾音が両の膝を折る。しかし、掲げた手は降ろさない。震える身体は倒れることはなかった。

ゆっくりと、綾音は顔を持ち上げる。
そこには、なおも光を失わない瞳があった。

それを見た時、イザナミの背がかすかに震える。

ーなんだ・・・なんだ此奴(こやつ)は!?
 なぜ、そのような姿になってまで、そんな目で妾を見ることができる?

ピ!ピ!ピ!

左肩を、右胸を、喉を、黒い光が貫いた。

『がはっ!』

黒く淀んだ血の塊のようなものが綾音の口から吐き出される。もはや両の手を挙げることもできない。膝立ちで姿勢を支えるので精一杯だった。

「・・・ない・・・」

ぽつりと、呟くような声。
バサリと顔にかかる髪の毛の隙間からなおイザナミを見つめる目。

ゾクリと、今度は明確にイザナミの背に震えが走った。
この時、イザナミはその感覚が何かをようやく思い出した。

『恐怖』

それは怖気(おぞけ)だった。
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