第1章 君の影
彼女はカレーをスプーンですくいながらも、視線を逸らさない。
――なんだ、その目は。飯ぐらい落ち着いて食えよ。
口には出さず甚爾は悟らしい飄々とした笑みを浮かべ、箸で唐揚げをつまむ。
悟の声色や話し方の大枠は真似できても、こういう細かい癖は経験値が足りない。
しかもこの女は昔から悟を見てきた。
違和感には敏感だろう。
女はまだ納得していないようで、スプーンを止めたままこちらを見ている。
だが甚爾は、このままじゃいずれボロが出ると感じていた。
――こいつを誤魔化すには、悟の仕草や話のテンポも全部覚える必要がある。ついでに悟の過去や関係性も聞き出しておくか。
甚「そういや、お前さ。」
「なに?」
甚「俺らが高専に入ったばっかの頃って、どんなだったっけ?」
女は少し驚いた顔をしたが、すぐに笑みを浮かべた。
「懐かしいね。悟、初日から遅刻して、しかも授業中に居眠りしてたでしょ。」
――ふん、悟は昔から遅刻癖があるのか。利用できる。
甚「そうだっけ? 全然覚えてねぇな。」
「覚えてないの? 私が起こしたんだよ、しかも先生にバレないように。」
女はスプーンを動かしながら、あの日の出来事を事細かに語る。
甚爾は適度に笑い相槌を打ちつつ、その内容を頭に刻み込む。
悟の人間関係や性格の断片が、少しずつ自分の中に積み上がっていく感覚があった。
――この調子で引き出せば、すぐに本物と同じくらいの演技ができる。
やがて食事を終え、2人は席を立った。
女はまだ半信半疑のようだが、甚爾は悟の軽い足取りを装って歩く。
心の中では、次の一手を考えていた。
――夏油がいねぇ今がチャンスだ。この女から悟の癖を全部盗み、高専の情報を洗いざらい手に入れる。
そのためには、疑いを完全に消し去る必要がある。
悟の顔で笑いながらも、甚爾の瞳の奥には鋭い光が宿っていた。