第5章 交わる唇、揺れる想い
チャイムが鳴り、教室のざわつきが一気に収まった。
下校の時間が近づいて、みんな慌ただしく帰り支度を始める。
私もカバンを背負いながら、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
「星野」
ふいに呼ばれた静かな声に振り返ると、そこには轟くんが立っていた。
いつもよりもどこか、視線が強くて、真っ直ぐで、少しだけ緊張しているように見えた。
『あ、轟くん。どうしたの?』
言葉をかけると、彼は少し躊躇いながらも、はっきりと告げた。
「……一緒に、帰らないか」
胸が小さく跳ねて、思わず笑顔になる。
だけど、並んで歩き出してすぐに、彼の横顔の硬さに気づく。
言葉少なに歩く二人の間に静かな沈黙が流れて、
ぽつりと彼が切り出した。
「……ひとつ、聞きたいことがあるんだ」
『うん?』
彼の声はいつになく穏やかだけど、言葉の重みに心臓が少し早くなる。
「……爆豪と、食堂で……キス、したのか?」
その質問に、足が止まりそうになる。
でも彼は真っ直ぐ前を見据えたままで、足は動いている。
『えっ、それは──!ち、違うの!事故だよ!本当に、そんなつもりじゃなくて……!』
焦りと動揺を隠せず、声が震える。
しばらくの沈黙のあと、彼はようやく視線を少し落として、静かに言った。
「……そうか。なら、いいんだ」
その声には、言葉以上の感情が混ざっているのを感じた。
“なら、いい”――その言葉の裏側で、彼の心がざわついているのが伝わってくる。
私はじっと彼の横顔を見つめて、そっと呼びかける。
『……轟くん?』
けれど彼は、すぐにいつもの無表情に戻って、肩をすくめる。
「……いや、なんでもない。変なこと聞いたな」
だけど、ほんの少しだけ、目が揺れているのを私は見逃さなかった。