第12章 あの日の夜に、心が還る
夕暮れの森を抜けて、合宿所への道をふたりで歩く。
『……あ、ちょっと涼しくなってきたかも』
思わずそう呟いた声が、夕焼けに溶けていく。
私の前を歩く風が、少しだけ優しくなった気がした。
ふと、後ろを振り返ると──
焦凍は、ほんの数歩、遅れて歩いていた。
『……焦凍?』
「……ああ、ごめん」
そう言って歩みを早めた彼の表情は、特に変わらない。
けれど、その眼差しの奥に、どこか迷いのような揺らぎが見えた。
何かを、考えてる。
『……どうかした?』
「いや……別に。 あんたはすごいな、って思ってただけ」
『え?』
「この合宿でも、ちゃんと“できること”を増やしてる。……俺、まだ手探りだ」
言葉は淡々としていたけれど、その声にわずかに滲んだのは──
自分を追いかけるような、静かな“焦り”。
私が少し先を歩いてるのが、焦凍には“遠く”見えたのかもしれない。
『……でも、焦凍だって、誰よりも強いじゃん』
そう返すと、彼は少しだけ視線を落とした。
「“強さ”って、何なんだろうな」
ぽつりと、つぶやいたその言葉に、私は少しだけ立ち止まる。
焦凍くんの心の中は、まだ答えを探している。
父に押しつけられた理想、母に抱かれた記憶──
そして、自分で選びたい“ヒーローとしての道”。
『……焦凍の“強さ”は、きっと、優しさだよ』
「……そう、かな」
曖昧に笑うその横顔は、まだ何かを探してるみたいだった。
でもその歩幅は、もう私のすぐ隣にあった。
──この距離が、いつか本当の“並び立つ強さ”になると信じたい。
だから、今はただ。
『じゃあ、帰ろっか。今日の夕飯、何かな〜』
少しだけ調子を戻すように笑ってみせると、
焦凍もふっと小さく笑って、肩を並べて歩き出した。
夕焼けの空が、2人の背中をあたたかく照らしていた。