第12章 あの日の夜に、心が還る
森の中は、土と葉の匂いと、湿った空気でむわっとしていた。
小枝をかき分けながら進んで、私は自分の翼を静かに広げる。
白く、ほのかに碧みがかった羽根が風をはらみ、背中に優しく流れ込む空気の気配が、心を少し落ち着かせてくれた。
『……飛べる』
自分にそう言い聞かせるように、私は地面を蹴った。
木々のすき間を縫いながら、空を目指して上昇する。
──そして。
見えた。木々の間で、小さな人影が二つ。
『お茶子ちゃん!三奈ちゃん!』
「えっ……!?想花ちゃん!?」
「うそっ、飛んでる……!」
地面にいたふたりが私に気づいて、ぱっと顔を上げる。
傷はなさそう。だけど、ふたりともかなり疲れてるみたいだった。
『今、引き上げるね! お茶子ちゃん、自分と三奈ちゃんを無重力にできる?』
「う、うん!今やるっ!」
お茶子ちゃんが自分の指先を打ち合わせて、“ふわり”とふたりの体が浮き上がる。
私はそのまま降下して、ふたりの手をしっかりと握った。
『いくよ……ちょっと揺れるかも』
「全然大丈夫!」
「ふたりで姫抱っこでもよかったのに〜?」
三奈ちゃんの軽口に笑いながら、私は翼を広げる。
──白い羽が風を裂く音。ぐんと空気を蹴って、私たちは宙を舞った。
木々の緑の海が、するすると下に遠ざかっていく。
ふたりの重さが私の背にのって、体に確かな感触を残す。
だけど、嫌じゃなかった。むしろ、心がじんわりあったかくなる。
『みんな、無事だといいね』
ぽつりと漏れた私の言葉に、
お茶子ちゃんが小さく、「うん」と返した。
空はまだ青くて、雲がぽっかり浮かんでた。
何もかも不確かな山中のなかで、私たちはほんの少しだけ確かな希望を運んでいた。
──そう思えた。