第8章 番外編・拝啓、サンドラお嬢様
―――今日は旦那様はお仕事でいない。
私も書斎で仕事をしていたが急ぎの物は粗方片付いたので出てきた。
メイドの私服の様な飾りっけの無い恰好をして、本当は何より大好物のキュウリのサンドイッチにヤギの乳を持って。
と、いうのも、今朝私に手紙が届いたのだ。
「サンドラ、ヨンナとは誰だ?」
旦那様の口から出た名前に私は横転しそうになる。
「ど、どこでその名を?!」
「お前に手紙が来ている」
『どうも怪しいので検閲させてもらったが』と、旦那様。
手渡された封筒は確かに私が受け取るには粗末な品でもう開けられていた。
『態々手紙をよこすなんて、まさか、サンドラはLでメイドと……?!』
と可愛い邪推を旦那様がなさるから全力で否定しておいた。
『歳が近かったから仲良くしていただけです。普通に』と。
ただ、旦那様の検閲をすり抜けたとはいえ、何が書いてあるか分からない。
私は軽食と手紙を持って御屋敷の見える小高い丘に登った。
使い古したシーツを自分で染色して縫った敷物を広げそこに横になってキュウリのサンドイッチを齧る。
『公爵夫人』にはあるまじき行いだ。
だが、偶には私も『ヨンナ』にかえりたくなる。
ここに来るのはそんな時だ。
―――『拝啓、サンドラお嬢様』。
そんな書き出しから始まった手紙には『ヨンナ』が穏やかに幸せに市井で暮らしていると書かれていた。
最後に『私の今のお給金ではこんな物しか買えませんがご成婚祝いの品を送ります。』と締められている。
封筒の中を見ると、綺麗な硝子の文鎮が入っていた。
まるで夜空を閉じ込めた様なそれに、そういえば夜天なんかもう長らく眺めていないなと思い至る。
だって夜は旦那様しか見てないし、旦那様がいないと仕事しているし。
サンドイッチをゆっくり食べ乳を飲んで。
家に帰ってきた私は自然に『ただいま』と玄関口を通った。
もうここが私の家だ、と思うと笑がこぼれる。