第7章 血ぬられた迷宮
「森さん……ですね。少々お待ちください……」
リンさんを呼びに行くのは緊張する。
だって彼とは相変わらず会話は挨拶程度であり、態度も冷たくなんとなく苦手だ。
なんて思っていれば、普段機材室に引きこもっているリンさんが丁度よく出てきた。
「リンさん!ちょうどよかった。いま、呼びに……」
「リン!」
麻衣の言葉を遮るように、森さんが花がほころぶような微笑みでリンさんを呼んだ。
「……まどか……?」
珍しくリンさんは驚いた表情をしていた。
「ごめんね、急に。元気だった?」
「ええ……どうしたんですか、連絡もなしに」
「んー、驚かせてみようかなー、なんて。びっくりした?」
「しました。でも、まさかそれだけでいらした訳ではないでしょう?」
あたしは目が飛び出すかと思った。
何せあのリンさんがほんの少しだけではあるが、小さく微笑んでいたのだから。
いつも無表情に無口なリンさんが微笑む。
つまり、この森さんという人はもしかしてリンさんの……と勝手に色々想像してしまう。
「ナルは留守ですって?」
「あ……ええ。旅行です」
「そう……では呼び戻してちょうだい。仕事です」
リンさんはその言葉になんとも言えない表情をしてから、ナルへと電話をかけだした。
そしてあたしと麻衣は森さんの接客である。
「どうぞ」
「お茶請けもどうぞ。クッキーですけど」
「あら、ありがとう」
「──はい。はい、それはわかっています。……ええ」
電話をしているリンさんの後ろ姿を見ながら、あたしはリンさんに同情した。
さぞかしナルから悪口雑言をぶちまけられているのだろうと。
「はい……待ってください、かわります。どうぞ、ナルです」
リンさんは固定電話を持ってくると、受話器を森さんへと手渡した。
「もしもし、ナル?戻ってきて♡ん?うん……うん、でも戻ってきてくれるでしょ?──ありがとう♡」
森さんの言葉にギョッとする。
お礼を言ったということは、ナルが帰ってくるということなのだろう。
あのナルに言うことをきかせた。
なんて人だと麻衣と顔を見合せてから、あたしは唖然とした表情で森さんを見た。
「か、帰ってくるんですか!?」
「ナルが!?」
「ええ。今夜には着くって」