第1章 禍根【江戸後期:鬼舞辻無惨】
毎夜、夜道を彷徨えば、その女と再び会うのは決まって鬼が大量に人を喰らった場所。
その中には上弦の3人も含まれ、無論、わたしが喰らったところでも現れた。
面倒ごとを嫌い、その場で身を隠して女を見ていたが、鬼狩りでもない非力な若い女が一人で凄惨な光景の後に訪れるのかが気になり始める。
ある月夜、鬼狩りをまとめて殺し立ち去るとき、またもやあの女は現れた。
私が近寄ると、また初めて会った時のように氷の眼差しが向けられる。
「何の用でございましょう」
「人を殺し喰らう鬼がいるというのに、なぜお前は姿を現すのだ」
「あなたに言う必要はありません」
無表情のまま、感情も含まず淡々と返してくる言葉には少しばかり怒りのようなものを感じる。
「…ならば、私が鬼にした身内でも探しているのか」
「…あなたに…言う必要はありません」
思い付いたまま問うたが偶然にも当たりを引いたようで、言葉が詰まるその様子を静かに眺めた。
これまで冷静を装っていた女が初めて心中を揺さぶられ動揺している。
純白の装いで整った白い肌に真っ赤な紅を引く口元がふるふると震えるのを見て己の中の可逆心が疼く。
「私が唯一人間を鬼にできる生物だ。それに、鬼が一体一体どこにいるかも把握している。私とつながっていることでな」
こちらに向けられた視線。瞳孔は小さくなり、その身に感じるのは怒りの感情。
「夫がどこにいるのか教えなさい!せめて夫を殺さねば、私は死んでも死にきれない!!
あんな優しい人を…!
よくも…!」
簪を引き抜き私に突き立てようと飛び掛かる。
涙を流しながらの悲壮な姿で。
あぁ…愚か…。
生身の人間で、鬼狩りでもない女が健気に鬼になった夫と鬼にした私を殺そうとしている。
死にもしないというのに…。
人間は圧倒的強者や、生命が危ぶまれると恐怖を感じる。
それが世の摂理というものだ。
この女はそこらの女とは違う。
私を見ても恐れず
人を喰らう姿を見ても恐れず
ただ、そこに転がる死体に手を合わせるという無駄なことをしながら
鬼になったであろう夫を探す。
まわりに付き添う者もいない。
おそらく身寄りも家族もいないだろう。
一人でこうして夜な夜な現れる女に興味を持った。
手元に置いておこう
私の頭をその思考が占拠する刹那、その女の手を掴み簪をはたいた。
