第12章 消失 × 現実
『これって、じゃあやっぱり…』
先程までのことが夢だったなら、残っているはずのない印。自分が間違いなくあの世界に存在していた唯一の証拠だった。
鏡に映る印に見入っていると、黒猫は腕から飛び降り、トトト…とまた歩き出したと思えばサクラを振り返る。そしてまた、
「にゃあ」
と一声鳴いた。
『私を呼んでるの?…まさかね。』
おいでと言っているような気がして追いかけてみると、黒猫は寝室にある本棚の上に乗っていた。夕日が射し込むその場所で日向ぼっこをしているようだ。
『そうだよね、偶然だよね…』
ふふ、自嘲気味に笑いを零すサクラ。黒猫が乗る本棚の本に何気なく視線を移し、何かに気付いた。
【 HUNTER×HUNTER 】
『…っ!?』
パチンと頭の中で何かが弾けた。
全部、思い出した。
あの世界がどこだったのか。
彼らが何者だったのか。
何故、あの世界に見覚えがあったのか。
サクラが大好きな漫画。
『ハンターだったんだ…』
この漫画の登場人物である『イルミ=ゾルディック』が誰よりも大好きで。彼がストーリーの中に登場する度に心を躍らせ、一度でいいから会いたいといつも願っていた。
馬鹿らしいとわかっていたが、漫画の中の彼に恋をしていた。
『イルミ…』
つぅ、とサクラの頬を涙が伝う。これが何の涙なのか、サクラはわかっていた。
『会いたい…』
ぽつりと零せば、涙が止まらなくなる。
『イルミ、会いたいよぉ…っ』
彼のことばかりが浮かんでくる。漫画の中の彼ではなく、つい数時間前まで一緒にいた彼のことだった。
───────
『ん…』
いつの間にか寝ていたようで、外は既に真っ暗になっていた。
ベッドに突っ伏して寝ていたサクラの黒猫がそばで寄り添うように丸まって寝ていた。
『猫ちゃん一緒にいてくれたんだ、ありがと』
黒猫の姿とイルミの姿がやはり重なる。それが少し嬉しかった。
ふわふわな毛が、イルミのあの長い髪の手触りによく似ていてイルミの頭を撫でているようだった。
黒猫の頭を撫でてやるとぐるぐると喉を鳴らした。