第2章 それは請い願った帰り花
「あ、いや、他の皆がダメとか、そんなじゃないんだけどね。ほら……やっぱり私、ずっとベリアンに担当執事頼んでたし、なんだろ、慣れって言うのかな……。」
先の事など考えもせず口にした事に、急に恥ずかしくなっては下手な照れ隠しを並べ立ててしまう。それでも段々と、今この時間の心地よさと、それがベリアンでなければきっと感じることの出来ないものなのだろう、という実感に、次第に素直に自分の気持ちを口にしていた。
「えっとね、……やっぱり、今こうしてベリアンが隣にいてくれるとすごく安心するの。こういうところが心地よくて、ベリアンに担当執事になってもらってたんだなぁって再確認したというか。ベリアンは私の事、本当に良く分かってくれてるなぁって、思ってね?」
曲の終わりと同時に、合わせた手を少しだけ強く握り返した。
いつもありがとうと、そう伝えるような気持ちだった。照れ臭くなりながらも、再度ありがとう、と私はベリアンに笑い掛ける。
すると目の前の彼は、すぐに驚いたような、呆気に取られたような表情をして、そして一気に破顔した。
驚きと、慈しみと、ありったけの喜びとをその一瞬に見せたのだ。
しかし、私がその表情を見たのはほんの僅かな間で、気が付けば白と黒とで埋め尽くされており、何が起きたのか分からなかった。
けれども、先程よりも強く背中に回るその感触から、自分がベリアンに抱き締められているのだと知る。
こんなにも体格差があったのかだとか、その私を抱き締める腕の力強さだとか、頭の中はそんな事を考える余裕はあるというのに、口から発せられるのは、あ、だとか、え、だとか、そんな意味を持たぬ単なる音でしかなかった。
どうすればいいのか分からずに、混乱する頭を取りあえず落ち着かせようと深呼吸をする。しかし、爽やかでも男性的な香りが私の胸に広がる事で更に鼓動を高鳴らせ、私の狙いは無駄に終わった。
視界も、香りも、そして勿論今この瞬間の思考すべてが、彼、べリアンで埋め尽くされていく。
なんで抱きしめたのかだとか、べリアンが今何を感じているのだとかまでを考える余裕は今の私には欠片もなくて、とにかく、パニック寸前のこの状態をどうにかしないとと焦るばかりである。