第6章 *File.6*諸伏 景光*
更に話を聞けば、おばあさんは駅から降りると、見慣れない街並みに不安になったどころか、迷子になってしまったらしい。
スマホは持っているが、視力が余り良くない上に、使い方をイマイチ把握しきれていないそうだ。
どうしようかと途方に暮れていたところに、偶然そこを通り掛かった望月が声を掛け、きちんと病院まで送ってくれたという。
『ただね、彼女自身も方向音痴だったらしくて、丁寧にスマホで調べてくれたのよ。私が通う病院は駅から離れた場所にある個人医院だから、彼女も場所がよく分からなかったみたいなの』
きっと昔から通う、馴染みの個人医院なんだろう。
「…そうでしたか」
検索したスマホの地図を見ながら二人が病院まで歩く様子が、何故か鮮明に想像出来て可笑しい。
『私ったら、親切にしていただいたのに名前も聞かずにお別れしてしまったから、望月さんが着ていた制服を思い出して、周りの人に聞いて回って、やっと江古田高校の制服だって分かったの』
都内の高校の制服。
数がある上に、何処も似たり寄ったりだ。
「ご丁寧にご連絡いただき、有難うございました」
『申し遅れましたが、私は高木と言います。先生にはお手数をお掛けしますが、望月さんには、本当に有難うございました。とお伝え下さいね』
「はい、承知いたしました」
礼を述べてから受話器を置くなり、笑ってしまった。
漫画の中でしかなさそうな話が、本当に現実に起こり得るものなのかと。
そりゃ、言えないよな。
正直に話したところで、初対面の教師なら先ず信用しない。
学校と、教師と生徒達が信頼関係を築くのは、これから、なんだから。
あれは彼女なりに考えた、誰が聞いても納得するように辻褄を合わせた、そう、違和感さえも感じさせないリアルな作り話だった。
「……」
バカだな。
明るいけれど決して出しゃばらない、控えめな彼女らしい言動と言えば、それまでだけど。
「諸伏チャン?」
「何でもない」
「にしては、楽しそうにしか見えねーけど?」
同じ大学の教育学部出身で、今は二年生の担任を受け持つ萩原と松田が、並んで首を傾げる。
おかしな話だが、4年前、この学校は団塊世代が定年退職やらでゴッソリと教員が退職したらしく、代わりにゴッソリと教職員が入った。
それも何故かオレ達みたいな新人や、若手ばかりが。
