第1章 我が先達の航海士
「ほう?これが『帆船』とやらか、フランソワ!」
僅か七歳の少年、七海龍水はテンション爆上がりだ。これは美しい!欲しい、欲しいぞ!!とあちこち見て回っては、スタッフに危ないよと注意される。
「はい、龍水様。本日から一泊二日でこちらの帆船のトレーニングをするご予定です」
龍水の奇行ぶりを気にとめずに、フランソワが一礼した。
【セイル・トレーニング】
帆船による航海体験だ。イギリスを発祥として世界各国で青少年の育成を図る為に実施。協調性・リーダーシップ・チャレンジ精神の育成に効果があるとされている。日本では民間企業によって行われていた。十歳の年齢制限をスルーして参加出来たのも、龍水が七海財閥の御曹司であり、特別に許可されたからだ。
龍水は『御曹司』の肩書きに息苦しさしか感じたことがない上に、無理やり教育プログラムを組まれるのは癪だ。しかし今回のは今まで見たことない面白さに満ちていた。旧い船に、座学ではない楽しい勉強。関東メインに居を構える七海財閥から離れられるので、息のしやすさが段違いである。
主催は『海運』。海運・不動産・教育の三本柱で安定した経営を行う。海外拠点も多い、人材育成重視の企業だ。利他的かつ利益向上を積極的に目指さない経営姿勢から、偽善的と他企業から冷めた眼差しで見られる。だがその嫌悪すら超え評価される、屈指の教育力がある。大学の海事科学部は海運業界を目指す者の憧れの的だ。ここ兵庫県明石キャンパスで行うセイル・トレーニングも人気がある。
参加者の『トレーニー』をスタッフが纏める。十歳から参加出来るのと青少年の育成が主目的だからか、子供が多い。クルーは船長・機関長・航海士が中心だ。他に甲板員や船舶での食事を作る司厨長、ボランティアスタッフも居る。
「はい皆。ここで座って……って君!危ないよ!?」
船長の声スルーで船の周りをぴょこぴょこする龍水。すると——
「こら、そこの君。早くしないと肝心のトレーニングに参加出来ないよ?気を付けようね」
くいっ、と。龍水の首根っこを掴んで顔を覗き込む、一人の女性。その姿に、ひぃえええ!!と船長達が真っ青になる。あの七海財閥の御曹司になんて事を。