第1章 歳上のズルさと、歳下の特権【伏黒 恵】
「お誕生日、おめでとうございます」
「…へ?」
「それだけです。帰りましょう」
式神を影に戻し、足を出口へと早めた。
いきなりのことにポカンとする。
そのことが少し意外に思い、恵は足を止める。
「早く来て下さい」
いつもは話を”聞かされている”のに、今の彼は”聞いてください”だった。
「あ、うん」
整備されていない廃墟を、ザクザク踏み進む。
そのまま出口まで進んで、迎えの車に急ぐ。
「お疲れさまです」
「終わりました」
「帳が上がるのを確認しました。高専に戻りましょう」
行きはとにかくくだらない事が多くて溜息をつくほどだったのに、今は北へ向かっているのかと思うぐらいに凍った空気だった。
「ありがとうございました」
「お疲れさまでした」
「ありがとうございます」
寮近くまで送ってもらい、そのまま補助監督と別れた。
「…」
「…」
なんだこの空気。
重苦しい空気に、恵はゆっくりと口を開いた。
「先輩…」
「恵」
目の前には、なんだか違うがいた。
「ちょっとついてきて」
いつもテンションが低いばりに突拍子もない事を言うが、この時この瞬間だけは、の芯を垣間見えた気がした。
しばらく高専を移動していると、小さい祠のある広場にやって来た。
「ここでね、小さい頃こっそり遊んでたんだよ」
「そうなんですか」
「忍び込んでね、1人で夜更けまで何かしてた」
「1人で?」
「そ。そしたら何か大人に見つかって、そのままなんかスカウト」
「見つからなかったから?」
「正解」
しばらく、は景色を楽しんでいた。
「今日、家族の命日なんだ」
「え」
「本当に小さい頃の事。全く全然覚えてない。だから何も感じないし、思いも持ってない。
何も知らされなかった。教えられなかった。お墓の場所も、誰がどう居なくなったのかも」
刺激の強い告白を、必死で受け止めた。
でも本当に彼女の対する思いは簡素で、温もりを抜き去る北風のようだった。
「だから、自分はなんだろなって、ずっと思ってた」
「…」
「だからありがとう。恵」
今までに、見たことのない、笑顔。
荒野に咲く、勇ましい花のような可憐さ。
儚く、脆い。だけど強く開花させる力を秘めた蕾。
そんな笑顔だった。