第3章 第二話 マテールの亡霊
「イノセンス、発動!歌姫<プリマ>。この手に暖かな灯火を…」
ユキサの言葉に反応するように、手のひらに小さな火が出現する。
少し驚いたような表情をしながら、神田は納得した。
「なるほどな。…だがそのイノセンスも、制限なく使えるわけではないだろう」
「もちろん。言霊は思った以上に体力を使う」
便利なものほど代償は大きい。
それはどんなものでもよく言われているものだ。
手のひらの火を消した後、ユキサが神田を呼ぶ。
なんだ、と言わんばかりの視線を向ければ、ユキサが少し言いにくそうにしながら口を開いた。
「よかったら次の任務…私も連れて行ってくれない?」
あ?とつい口に出してしまうと、焦ったようにして小さく謝罪をするユキサ。
理由を聞けば、教団へと戻るのに、あの2人と一緒だと気まずいという事だった。
「それにその…もう少しイノセンスを扱えるようになりたいから…」
「…体の方は本当に大丈夫なんだな?」
先程の事情も知っている。
それに任務については、実はコムイからなるべくユキサの面倒を見るよう言われていた。
このまま行けると本人が言うのなら、止める理由はない。
「あとでコムイに伝える」
「!!…ありがとう、神田さん」
「……その、」
神田さん、てのやめろ。
ボソリ、と聞き取れないくらいの小さな声に、ユキサは首を傾げた。
いつの間にかユキサからは敬語は無くなっていたのに、何故名前だけはまださん付けなのか。
…アレンの事は、アレンと呼び捨てなのに。
決してそんな事は口には出すつもりはないが、呼び捨てでいい、とぶっきらぼうに言った。
「あ…うん。それじゃぁ…神田」
さすがに下の名前で呼ばれたいと思ってはいなかったが、少しチクリと傷んだ胸に、神田は気付かない振りをする。
ユキサはもう一度、少しだけ嬉しそう神田、と呼んだ。
日も落ちて暗くなってきた頃、町の階段で座り込んでいるアレンの元へ、神田が向かう。
後ろからはユキサも着いていった。
アレンとは目を覚ましてからまだ会っていなかった。
「…寝てないでしっかり見張ってろ」
「アレン!」
「!」
顔を上げたアレンが、歩いてきた神田とユキサを見た。
ホッと安心したように微笑む。