第32章 お食事
「あのー」
「はい」
駅前で突っ立っていると、若い男性が話しかけてきた。
道でも聞かれるのかと思って構えるが、生憎私も錦座周辺の地理には疎い。
ちゃんと答えられるかな。
「お綺麗ですね」
「……はい?」
「お姉さん、すごくお綺麗ですね。一目惚れしちゃいました。
良かったら連絡先交換しません?」
なんだよ、道聞かれるかと思って緊張したじゃん。返せよ私の緊張。
てか、こんな高級感溢れる街にもこんなくっだらないナンパする奴いるんだな。
「俺、普段は女性に話しかけたりしないんですけど、お姉さんには本気で惚れちゃったんでマジで連絡先教えてくださいよ」
なーにが「俺、普段は女性に話しかけたりしない」だよ。
常習犯だって顔に書いてあるっての。
軽犯罪法でしょっぴいてやろうか。
はぁ、対応するのも面倒臭い。
「Je suis désolé, je ne comprends pas le japonais.」
(ごめんなさい、私日本語分からないんです)
奥義、外国人のフリ。
穏便に且つ迅速にこの状況を切り抜けるにはこの方法が一番効くのである。
まあ、見た目的に無理があるのと一番最初に日本語で喋ったことはご愛嬌ということで。
「え、あ、え、何語…」
「Ne perdez pas votre temps avec des bêtises,Pourquoi ne pas passer votre temps à faire quelque chose de plus significatif ?」
(くだらない事に時間を使ってないで、もっと有意義な事に時間を費やしたらどうです?)
何を言ってるのか分からないだろうから、言いたいことも言い放題。
「す、すみませんなんでもないです」
あたふたしながら、男はさっさと去っていった。
その滑稽な後ろ姿を今まで何度見たことか。
ナンパするならそれなりの学つけてから来いよな。
「フランス語ですか」
背後から聞き覚えのある声で話しかけられる。
振り向くと、そこにはやはり沖矢さんの姿があった。
「…英語だと、偶に対応してくる人がいるので」
「なるほど。私が出るまでもありませんでしたね」