第41章 恋する細胞 岩泉一
岩泉君との会話に自然と笑みが零れる。
「こっちの黒と白だったらどっちだ?」
「…うーん、黒かな。描かれてるデザインがシンプルで好きかも」
「んじゃこっちにしよ」
「いいの?私が選んだやつで」
「こっちのが似合ってんだろ?」
「そう、思うけど…」
「ならお前が選んだ方にするわ。…そっちの方が気合い入る気がする」
「え?」
「なんでもねぇよ…。って、あれ、いいな」
何かを見つけて真っ直ぐに走り出す。その後をついていくと嬉しそうに満面の笑みを浮かべて手に持ったTシャツを広げる。
「これ、良くね?」
「どれ?」
それは怪獣映画とコラボしたデザインのTシャツだった。近付いた時に肩が触れて、顔を上げると互いの距離の近さに一瞬心臓が跳ねる。
「……に、似合うと思う」
そう伝えるのが精一杯で、ドキドキと心臓はうるさくて頬が熱くなっていく。
「じゃあこれも買ってくるから。ここで待ってて」
「うん、分かった」
岩泉がレジに居る間は、胸に手を当てて気持ちを落ち着かせながら待った。一人で居るときとは全く違って、自分の知らない世界にいるような感覚。ふと見た大きな窓に映る二人の姿。それはまるで恋人同士のようで一瞬夢を見ているのかと思った。
それから二人でファストフードに寄って他愛もない話をして過ごした。引っ越してから今までの話、岩泉君のバレー部の話から好きな漫画の話……、気がつけば2時間くらい経っていて慌てて帰りのバスに乗り込んだんだ。
だけど家に帰ると楽しかった分だけ、ネガティブな感情が顔を出す。後でメールしろよと教えてくれたアドレスを見つめながら、ベッドに横になったまま動くことが出来なかった。
だめだ、こんな風に誰かに優しくされたりする経験値が低い私はすぐに舞い上がってしまいそうだ。好きになってもいいですか?なんて感情が見え隠れしてどうやってこの気持ちを落ち着かせれば良いのか分からない。
だけどふと思った。私みたいなのが浮かれて好きだ何と言っても、後で惨めな思いをするのは目に見えていた。伸ばしたかけた手さえ片方の手で押さえるようにして心の奥へと仕舞い込んだ。
“今日はありがとう”たった一言すら送信できずに……、終わった。