第72章 結婚するまで帰れません(1) 岩泉一
俺の声に気付いたいちかは驚いた表情をして顔を上げた。確かにいつもより血色がない気がする。
「顔色悪くねぇか?」
「ああ…。えと……、ちょっと調子悪いかも」
「なんで言わねぇんだよ」
「朝は平気やって…。でもさっきちょっと立ちくらみしたからここで座らせてもらっててん」
「んな青白い顔して…。無理すんな」
「薬飲んだから大丈夫やと思ったんだけど」
「薬?」
「生理痛で…。お腹は痛くないんやけど今日は貧血気味かも」
「んな時に無理すんじゃねぇよ」
「ごめんね」
「もう今日は帰れ」
「…うん、そやね。ごめん、午後、手伝えへんかも…」
いつもなら“大丈夫”そう言い切って意地でも残ろうとするのに、この様子じゃ本当にヤバいのかもしれない。
「手伝いとかいいから。つかお前そんな状態で一人で帰れねぇんじゃねぇか?」
「多分大丈夫やと…」
「大丈夫じゃねぇだろ絶対…。今日は母ちゃん、家にいると思うから迎えに来てもらうか?」
「いいのかな…」
「いつも俺の心配よりお前の心配してるくらいなんだから頼られたら喜ぶんじゃねぇか?それに帰るなら及川のいない今がチャンスだぞ?見つかったらまた面倒だしな」
今は花巻や松川に事情を説明してる暇はない。溝口コーチには後で報告するとしてとりあえずは母ちゃんだ。いちかのスマホを借りて履歴からかけ直す。電話は繋がってすぐに迎えに来てくれる事になった。
「迎えに来るってよ」
「ごめんね、迷惑かけて」
「なんかこういうの慣れたわ。…お前、普段無駄に元気なくせによ」
「それはいつも一君がそばにおってくれたからやん。調子が悪いのなんて年に何回もないよ?」
「いつも側になんていねぇし。偶然が重なっただけだ」
「ならその一回一回の偶然に一君がおってくれたってことは奇跡やね」
「何言ってんだよばーか。迎えは裏門に来てくれるっつってたから行くぞ。荷物そんだけか?」
「うん。今日はロッカー使ってない」
「じゃ行くぞ。立てるか?」
「…うん、ゆっくりなら」
「無理すんなよ」