第2章 主人として
「っ………。」
楽しいと感じる一方で、とある思いが胸をよぎる。
(マリス、)
深い青の瞳がすこしばかり翳った。
この世界に迷い込んでから、行方の知れない愛猫。
その黒曜の毛並みを、
いつだって彼女に寄り添ってくれた温もりを思考に載せ、胸がさざめいた。
(おまえはどこにいるの?)
レタスを折りたたむように突き刺しながら、彼の身を案じた。
「………っ」
ドレッシングの蜂蜜の風味をかみしめると、その瞳がゆれる。
『あの日』からずっと、自分の一番近くにいたのは、祖母と愛猫だけだった。
(マリス、………おばあちゃん)
ふたりの温もりを虚ろに描く。厳しくも思慮深かった祖母と
つらい時、何も言わずに傍にいてくれた愛猫の姿を。
(主様……?)
物思いに沈む瞳が、不安にかみしめられた唇が、彼らの胸をざわめかせる。
彼らにみつめられていることに気づかぬまま、その瞳が柔らかなひかりを宿す。
(ヴァリス、様……。)
その煌めきが、彼女をより美しく魅せている。
懐かしさに染まる瞳が、彼女の稀有なるいろを際だたせていた。