第9章 凪の奥の激情[冨岡義勇]
手当てをする手元に意識を留めようとするが、宇髄と話すはなの顔が目に浮かび、不愉快極まりない。
「無防備…とは?」
「簡単に手を取られていたではないか」
綿紗を巻いた指は、細く頼りない。守るべき存在と理解しているが、それ以上に何か言い表せない感情が芽生えていた。
「宇髄さんは、本当に不意でしたし、不可抗力と言いますか…あんな綺麗なお顔で近寄られたら動けなくなってしまって」
「宇髄のような男がいいのか」
「そうじゃないです! お裁縫が残っているので行きますね」
「待て」
はなの進行を遮り、壁際まで追い詰めた。
俺は宇髄のように喋りも上手くないし、振る舞い方もよくわからない。この場に留まらせることすらこんなやり方しかできない。
「答えろ。お前は宇髄のような男が好きか」
「違います!」
はなはそのまま俯き、黙り込んでしまった。二、三度呼吸を整えた後、顔を上げて俺を見据えた。
「あの、義勇さん。『朝にはその傷はなかった』って言ってくれましたよね。私に関心なんてないのだとばかり思っていたので、こんな些細なことに気づいてくれたって嬉しかったんです。こんな事を言ったら宇髄さんに申し訳ないけど、宇髄さんに気づいてもらうより、私は義勇さんに気づいてもらえるほうがずっと嬉しいんです」
はなの真っ直ぐな言葉は、俺の何かを目覚めさせた。
思考が働く前に、はなを畳の上に押し倒していたのだ。
「義勇さん…?」
「お前が欲しいと思った。俺にこうされるのは嫌か?」
はなは驚きつつも、優しく微笑みかぶりを振った。
「嫌なはずないです」
その返事を聞いた瞬間、はなと唇を合わせていた。口下手な俺でも想いを伝えることができるような気がした。
いつのまにか、はなを誰にも取られたくないと思っていることに気づいた。触れられることすら許せないと思っていることも。
何もかも失ったと思っていた俺に、また守りたいと思う存在ができた。守らなければならない、ではなく、守りたい。はなはそう思える存在になっていた。
「ならば続けていいか」
「……はい。義勇さんのものになりたい…です」