第6章 咲 き 香 る[煉獄杏寿郎]
何度拭っても溢れてくる涙は、指では拭いきれず、唇を目尻に持っていくと、いつものはなの香りに混じってふわっと甘い香りが鼻に香る。
「いつもの君の香りに混じって、良い香りがするな」
「変…ですか?」
「いや…俺を酔わすような香りだ」
香りの出所を探るように首筋に鼻先を沿わせると、はなの体は小さく跳ねる。
「ふっ…んっ…」
「ここから香るな。何の香りだろうか?」
耳の下当たりから濃く香るそれは、甘くて脳を蕩されるよう香りだ。思わず食べてしまいたくなる。
宇髄の『やりすぎるな』の言葉を頭の端に置きながら、首筋を甘く噛むと吐息が洩れる。
「はぁ…っ。ヘリ…オト…ロープ」
「もう一度…」
赤くなった耳たぶを喰む。
「やぁ…んっ…へリオトロープ」
「君は俺を酔わせるつもりなのか? 甘くて美味そうだ」
「んっ…だめっ…こんなところで…」
「ヘリオトロープと言ったな? これは、俺の為の香りか?」
首筋を唇でたどって行く。鼻腔に溜まる甘い香り。
春の麗らかな気候と相まって、まるで酔いが回ったかのような気持ち良さが体に巡る。
「は…い。杏寿郎様の癒しになればと…良い香りは…気持ちが落ち着くかと思いまして…。あと…あんな事を言ってしまったので…その、この香りがあれば、あれはつい口から出てしまっただけで、本音ではないと言えるかなと思ったのです」
「つまり、俺を誘っていると?」
「誘って…いるわけではなくて…杏寿郎様が飽きるまで抱いてください」
とんだ殺し文句だな。どんな色仕掛けより艶かしい本音だ。
「また君の腰が言う事をきかなくなるやもしれん」
「それでも良いです。杏寿郎様が抱いてくださるでしょう?」
「声が掠れてしまっても?」
「言葉がなくても、私のことわかってしまいますよね?」
「芝居を見損ねてしまうぞ?」
「宇髄様に謝って、また券を買い直しましょう?」