【MARVEL】This is my selfishness
第10章 9th
今日も何事もなく終わると思っていた仕事。
しかしいつも通りとはいかなかった。
深酒をしてしまったお客さんがいて、キャストさんが止めても飲むと言って聞かず、彼らにお酒を運んでいたわたしが途中でお水を持って行った。
ホールスタッフだし、あまりにもお酒を煽るお客さんに今日のところはこの辺で、とお水を運ぶことは珍しくない。
今日もそのつもりでお水を運ぶと、そのお客さんは自分が言ったお酒ではなくお水を持って来られたことに腹を立て、お水を持つわたしの手を払い除けるとそのままわたしの胸倉を掴んだ。いや、正確には掴まれることは無かった。
お水が入ったグラスは音を立て割れ、わたしの胸倉を掴もうとしたお客さんの腕もミシッと音を立てた。
警備員の彼の右手はお客さんの腕を掴み、左手はわたしの腰に添えて。
「今日はもうやめておけ」
「っるせえ!客に指図s──」
「やめておけ」
腕を掴まれているというのにまだ引かなかったお客さんをジッとバッキーが見つめると、お客さんは小さく「帰る」と言って未払い分の料金をテーブルに叩きつけるようにして置いて、店を出ていった。
バッキーのおかげで誰にも怪我なくお客さんが大人しく帰ったことにロンさんとわたし、アレックスはホッと胸を撫で下ろす。
キャストさんたちはあくまで何も問題はなかったように会話を続ける。
1人のお客さんのせいで場の雰囲気を崩されることなどないかのように。
『ありがとう』
「いや、構わない。怪我はないか?」
『うん、大丈夫だよ。バッキーが早かったから』
「逆上しそうな奴だったから見てたんだ。君に触れられる前に排除出来て良かった」
【排除】という強い言葉に面を食らう。
軍人さんっぽい…。
しゃがんで、砕け散ったガラスの大きな欠片を集めながら言うと同じようにしゃがんだバッキーがわたしの手を掴み「ほうきとちりとり」と言って、自分が欠片を集めだした。
言われた通り、ほうきとちりとりを持っていき、ちりとりにバッキーが集めた大きな欠片を載せて残りの小さな破片をほうきで掃いてちりとりに集めていく。