第3章 家族の絆ー後編ー
桜の言葉に千寿郎は「あの時の約束、ですか?」と首を傾げた。
まさか前世の時の約束とは思ってもいないであろう千寿郎を見て桜は苦笑する。
そしてタイミングよく杏寿郎や両親が病室へと入ってくる。
「帰宅の準備はできましたか?」
「はい、母上。元々荷物も少ないので…」
女性同士でそんな会話をしていると、父は荷物が入っているカバンを持ち、「…帰るぞ」と入口の方へ足を進める。そして立ち止まり、振り返ることなく呟いた。
「無言の帰宅など、今度こそ絶対に許さないからな」
そしてまた足を進める。父に続いて杏寿郎と千寿郎も病室を出た。
槇寿郎の言葉の意味を、以前の桜だったら理解できなかっただろう。
だが、前世の記憶を思い出した今、“無言の帰宅”が何を意味するのか察する。
偶には家に帰ってこいと言われたのに、結局生きたまま帰ることができなかった。きっと父はそのことを言っているのだ。
「桜。あなたが事故にあって意識不明と連絡が入ったとき、母は生きた心地がしませんでした。あなたがいなくなったら…私たち家族は皆悲しみます。それを忘れてはいけませんよ」
「…はい、母上。申し訳ありません」
しょんぼりしている桜を見て、瑠火はフッと優しく微笑み頭を撫でる。
「あなたが無事で本当に良かった」
母の言葉に、鼻の奥がツンと痛くなる。涙が出そうなのを必死に堪えて立ち上がった。そして窓を見てポツリと呟く。
「昔、父上に“偶には家に帰ってこい”と言われたんです。でも結局、その約束が果たされることはなかった」
桜の言葉に瑠火は大きく目を見開いた。
「桜、あなた…もしかして記憶が……」
瑠火の言葉にニコッと笑顔を見せる。
「あの時は色々なことがあったけれど…それでも命尽きるその日まで毎日楽しく過ごしてました。そして今世では母上もいて、父上も杏寿郎も千寿郎もみんな一緒で…、あの頃思い描いていた願いが叶って本当に幸せだなぁって思います」
窓から流れてくる暖かな風が、二人の髪をサラサラと揺らす。そして先に病室を出た杏寿郎が扉から顔を出した。
「母上、桜!父上も千寿郎も待っております!!」
杏寿郎の大きな声に吃驚した二人は顔を見合わせてクスクスと笑い「今行く!」と病室を後にした。