第14章 【第十講】間近な動物のにおいはかなり強烈
「急がないと遅刻扱いになっちゃうよー」
背後を振り返り、○○は声をかける。
朝練を終えた○○は、後輩と共に武道場を後にする所だった。
朝練は自主的に行っている。
大会前は別として、普段、参加する生徒は少ない。
そんな数少ない朝練組は皆、既に各学級へと向かっている。
モタモタと残っていたのは、一人の男子生徒だけ。
「今、行きます!」
部長としての責任感があるため、○○はいつも最後まで残っている。
「ちゃんと逆算して支度始めないとダメだよ」
「どうしても面打ちまでは終わらせたくて……」
男子生徒は慌ただしく上履きを履く。
「ま、やる気と向上心があるのはいいことだよ」
○○は扉に手をかけた。
その時に、足元をフワフワした何者かが通り抜けた。
動きに釣られ、二人は振り返る。
「ウサギ……?」
視線の先に、フワモコした愛らしい生き物がちょこりと鎮座していた。
「なんでウサギが?」
「小屋から逃げ出して来たんでしょうか」
何はともあれ、見過ごすことは出来ない。
捕まえようとした矢先、○○は動きを止めた。
背後から「ウホッ」という声が聞こえたためだ。
「近藤さん?」
巨大な体躯は武道場の前を横切って行った。
「何してるんですか、近藤さん! 教室はこっちですよ!」
扉から顔を出し、○○は毛深い背中に声をかける。
「遅刻しますよー!」
「何言ってるんですか、先輩! ゴリラです!!」
「そうだよ。近藤さんはゴリラだよ」
「じゃなくて、本物のゴリラ!」
後輩は驚きの表情でゴリラの背中を見送っている。
「3Zの近藤先輩じゃなくて、別のゴリラです!」
「え、別ゴリ?」
「いや、別のゴリラっていうか、正真正銘のゴリラっていうか……!」
ややこしい! と男子生徒は頭を混乱させている。
「とにかく、近藤先輩じゃないゴリラです!」
○○は怪訝な表情を浮かべる。
「なんで高校にゴリラが二匹も――」
校舎の影に隠れたゴリラと入れ替わるように現れた生物を見て、○○は絶句した。
男子生徒は青ざめる。
「ト、ラ……?」
トラ。タイガー。哺乳綱食肉目ネコ科ヒョウ属。
四足歩行の生物が、のそりのそりと歩いている。