第25章 天明のひとときを、いつか〈宇髄天元〉
じゃあな、と椅子から立ち上がった天元の着流しの袖から、一瞬だが包帯に巻かれた右腕が見えた。その失った右手は、どれほどの鬼を倒し、どれだけの命を救ってきたことだろう。
かれんは咄嗟に、天元の着流しをきゅっと掴んだ。
「…?どした?」
「…み、右手…っ、痛かったですよね…っ」
かれんの問いに再び目を丸くする天元だったが、何かを想うようなやさしい笑みを落とした。
「そりゃあな?…でも、守らなきゃなんねぇもんが目の前にいたら、そんなの大したことねーよ。幾ら傷ついても、そいつらが生きててくれれば、それでいい」
天元のその穏やかな眼差しに、かれんの心は何故かぎゅっと締め付けられた。自分ではない誰かを見つめる天元の紅の瞳を、かれんはただじっと見つめた。
かれんは思った。
きっと天元には、心から愛するひとがいるのだろうと。
「…っ! す、すみません!私…っ」
掴んだままだった天元の着流しを、かれんはぱっと離した。
「…檜原は強くなれる。自分を信じろ」
「…!」
天元の言葉にかれんの瞳が揺れる。
「…でも、私はそんな大した…っ」
「あのよぉ、自分が信じてやんなきゃ、誰が信じんだよ?それに、檜原は一人じゃねぇ。仲間が傍にいてくれる。仲間を想って支え合うのが、鬼殺隊ってもんだろ?」
「…!」
「躓きそうになったら、いつでも来い。いくらでも扱いてやっから」
天元は笑った。
その笑顔にかれんの心臓がときんと高鳴る。
「そんじゃあな、体気ぃつけろよ」
「…あ、ありがとうございました…っ。私…頑張ります…っ」
天元は再びかれんの頭をぽんぽんと撫でると、病室を後にした。
病室はがらんと静まり返り、部屋の壁には茜色の日差しがさらに色濃く映る。
かれんは髪を梳くふりをして、自分の手を頭上にあてた。
なんとなくだが、天元の掌のぬくもりがまだそこにあるような気がした。
…やさしい手だったなぁ…
何故かかれんの鼓動が早まる。それは家族を想うような気持ちとは違った、あたたかくもどこか切なさが混じる不思議な感情。