第71章 右手に陽光、左手に新月〜水柱ver.〜 / 🌊・🎴
「師範って新月みたいですね。見えないけど、確かにある」
「それはどう言う見立てなんだ?」
義勇が七瀬に対して抱いている恋愛感情は見えにくいが、今しがた伝えてくれたようにしっかりとある。
暗い夜空をじっと見つめていると、隠れている月の輪郭が僅かに見えるように。
「それに新月は朔の日でしょう?ついたちとも読むし、始まりを思わせる物です。炭治郎と禰󠄀豆子にとって師範は始まりだから」
「俺が…始まり?」
「はい、それから私にとっても師範は始まりなんです」
雪山での竈門兄妹と水柱の出会い。これが炭治郎が鬼殺隊に入るきっかけになっている。七瀬の場合はと言うと ——
「師範の継子になって、一緒に稽古するようになる前に一回任務をご一緒した事があるんです。そのときの師範の剣技を見て、その…恥ずかしいんですけど…」
柱になるのも良いと思った。
小さな声で呟く程の声量だったが、義勇にははっきりと届く。
「自分の呼吸とは全然違うから、憧れもあります。ほんの少し…嫉妬もあります」
「お前…七瀬は案外負けず嫌いだからな」
「それは師範…ぎ、義勇、さんもでしょう」
無言になる水柱は心の中で言われてしまった、と静かに受け入れた。ぎこちなく呼び名が変化した二人は、ここで少しだけ体を離す。
「あの…炭治郎には…この事」
「あいつは人一倍鼻が良い。黙っていてもすぐわかる」
「です、よね」
だったらどうすれば良いのだろうか。
義勇と恋仲になったと伝えるのは羞恥心がまさる。かと言って黙っておくわけにもいかない。
「俺が伝える」
「えっ…言うんですね」
「師範の責務だ。それに牽制にもなる」
「牽制って何ですか」
たった今恋人になった継子は案外鈍いようだ。炭治郎も七瀬に対して特別な感情を持っている事に、本人は気づいていない。
そこへ ——-
「ただいま帰りましたー!! 義勇さーん? 義勇さんはいますか??」
竈門炭治郎が水柱邸へ帰宅した。