第4章 泥から咲いた蓮のように
「菖蒲ちゃん。少し外を歩こう。また君をここに戻すからさ。」
暗がりでもわかるくらい頬を染めている君をずっと見ていたい。
暖かい体温と体の柔らかさが、触れているだけで宝石を扱うようにしたくなる。
「どこへ?どうやって?」
戸惑う君の心にはまだ、"踊手の誇り"が引っ掛かるのだろう。
抜け駆けしてここから出て騒ぎになっては困るのはわかってるつもりだ。
だから……
「着いてからのお楽しみ♡
大丈夫さ……。俺は強いし、速いから見られやしないぜ?」
「じゃぁ、どうやって?」
感の良い君は、カーテンのたなびく窓を見て予測がついたのか、俺を見上げて体をこわばらせた。
身が縮こまって、抱き抱えやすくなった菖蒲の足を左手で抱き上げると、小さく悲鳴をあげた。
人間の女の子を、こんなにも可愛らしいと思ったことはない。
後にも先にも君だけで充分なんだ。
「こうやって」
窓に足を掛けて勢いよく踏み込むと、俺の襟元をぎゅっと掴んで、俺の体に身を寄せた。
嬉しいと思う感情も
可愛いって思う感情も
離したくないという想いも
大事だと思う気持ちも
全部君がいたから知った気持ち。
どうしたら伝えられるかな
わかってもらえるかな
そんなことを考えて
胸が苦しくなるほど鼓動が速くなって
それすら喜ばしいのは
『恋』というものの嬉しい煩わしさなのだろう。
旅館の敷地を抜けて、月が青白く照らす脇道を抜けて、街の建物の屋根を伝い駆けていく。
鬼狩りでもない君の耳を風圧から守るように腕で塞いで、君の体温が緊張からか高くなるのを感じる。
か弱いのに他の人間のように惨めだと思わないのは
君の強い生き方を、あの命の危機の後とは思わせない舞で見たからだ。
力は弱くとも、
心が強くて美しい。
ひとつの物を志し、誇り、突き進むこの娘は
本当にただの人間なのかと疑うほどに
いろんなところが洗練されている。