第11章 浄土と氷獄
「違う!!違う!!あの阿婆擦れが悪いのだ!!…っゴホッゴホッ!!ぐぅっ!!」
笑顔の裏で押し殺していた殺気が表情と感情を伴うと共に周囲の冷気がぐんと下がった。
童磨の手には、鶴之丞の胸ぐらの寝巻の袷がギチギチと握りしめられている。氷の冷気が布越しに鶴之丞の胸の皮膚を焼き、呼吸を奪っていく。
「阿婆擦れ?誰の事かな…」
童磨の声は、低く、まるで氷の底から響くようだった。その虹色の瞳は、初めて感情的な嫌悪を露わにしている。
「松乃の事かね?それとも、菖蒲の事かな?」
その名を聞いた瞬間、鶴之丞の顔は恐怖から憎悪へと歪んだ。
「ど…どちらもだ!我が家の血筋を乱した、穢らわしい女どもめ!
菖蒲は、嫁でありながら、お前のような鬼に心を許し、俺の種を拒んだ!
松乃と同じ、許されざる裏切り者だ!」
鶴之丞の口から、最後の悪足掻きのような醜い本音が吐き出された。
童磨は、それを聞いて、
心底つまらなそうに、
そして一瞬にして感情を消した。
冷気が彼の周りに戻り、すべてを凍てつかせる。
「ああ、なんて下らない理由だろう。
君の傲慢さこそが、最も穢らわしい。
松乃も、菖蒲も…
君たち親子の汚れた因果から逃れようとしただけなのにね」
童磨は、鶴之丞の胸ぐらを掴んだまま、優雅に立ち上がった。その姿勢は、まるで説法を説く教祖に戻ったかのように穏やかだが、手からは致命的な冷気が発せられている。
「大丈夫だよ、鶴之丞…
苦しむのは一瞬だ。
君の汚れた魂を、この冷たい氷で清めてあげよう。
君が愛した権威も、
君が憎んだ愛も、
すべて、終わらせる…」
童磨は、優雅に握っていた手を放した。
鶴之丞の身体は、すでに冷気で麻痺し、
力なく床に崩れ落ちる。
「血鬼術・蓮葉氷」