第11章 浄土と氷獄
「お願いします、松乃さん。あとは、あなた方に全てを託します」
静代は胸の内で、密かに師としての最後の責務と、罪の贖いを自らに課そうと決意を固めていた。
その後、松乃はより迅速に確実にことを運ぶため、静代と実田との間で、鶴之丞の屋敷の詳細な情報と、おふみとの連携手順を完璧に確認し終える。
その顔には、決意と疲労が入り混じっていたが、失敗は許されないという覚悟を決めていた。
静代と実田が退出した後、松乃は再び本堂の奥、童磨のいる場所へと向かった。
襖を開けると、豪奢な祭壇のような場所に静かに座る童磨は、目を閉じている。
その体からは、松乃が先ほど感じた異様な冷気ではなく、まるで夜明け前の湖面のような静けさが漂っていた。
松乃は一歩近づき、深々と頭を下げて報告する。
「童磨様。静代様と実田様より、全ての情報を拝聴いたしました。鶴之丞の屋敷の図面、おふみとの連絡手段、襲撃時の退避ルート、全て決行の準備が整いました」
童磨はゆっくりと目を開けた。彼の虹色の瞳が松乃の姿を捉えたが、その視線はどこか遠く、この世の理の外側を見ているよう。
「ご苦労様だったね、松乃」
童磨の声は優しかったが、その言葉には、これまで松乃が彼に仕えてきた中で最も重い、絶対的な期待が込められていた。
「すべて松乃に任せるよ。菖蒲が傷つかないように、事を運んでほしい。それでなければ、彼女はここに、心置きなく居続ける選択ができないからね。」
その言葉は、松乃にとって童磨の行動原理の全て。
彼にとっての「浄土」とは、この教団そのものではなく、菖蒲の安寧の上に成り立っている。もし菖蒲が傷つくようなことがあれば、彼はこの場所での虚飾の役割すら放棄するだろう。
「承知いたしました、童磨様。わたくしに、その命と責務をお与えください。必ずや、菖蒲様を傷つけることなく、浄土(こちら)へお連れいたします」
松乃は、童磨の前に額をつけ、その誓いを深く心に刻んだ。その瞬間、松乃は教祖の付き人ではなく、愛する者と、自身の子の恩人の「願い」を成就させるための、絶対的な執行者となった。