第9章 花散し
その日を境に、菖蒲への理不尽な凌辱は日常となる。
鶴之丞の狂乱は、季節の移り変わりと同じく、この屋敷の変わらぬ日常となった。彼の行為は、愛も性的な欲望も伴わず、ただ菖蒲の「志」と「誇り」を、一日に一度、確認のためだけに踏みにじる冷たい儀式のようであった。
感情を殺しながらも耐えに耐え、幾度も彼女を支えたのは、自ら切り捨てたはずの暖かい思い出と、周囲の支えのみ。
菖蒲は、屈辱による心の傷を隠すように、以前にも増して精力的に仕事に打ち込んだ。
舞への依頼が途絶えることはなく、菖蒲は体力の限界まで舞台に立ち続けた。舞うことだけが、穢された体と、空っぽになった心を繋ぎ止める、唯一の抵抗。
しかし、どれだけ凌辱を重ねても子を宿さない事実は、鶴之丞の憎悪の新たな餌となった。
「お前は穢れているだけでなく、子も持てぬ役立たず。
この私の妻で居座り続ける資格などどこにもない。
不妊の原因は、お前の穢れた魂が招いたものだ」
彼の罵倒は、菖蒲の心に空いた穴を広げ、肉体的な衰弱を加速させた。夜明け前には、胸の奥から湧き上がる微かな咳を、彼女は必死に枕に押し殺した。
自ら選んだこの道の重さと、断ち切ってしまった過去の愛の痛みが、身も心も冷たい毒となって体を循環しているのを感じた。
外部からの菖蒲への賞賛と依頼は、屋敷の表面的な繁栄を保ち続けた。だが、それは鶴之丞にとって、ますます耐えがたい屈辱となった。
やがて、彼女を屋敷から外に出すことさえ禁じ始める。
それに気づくと「奥方様は体調でも崩されたのか」と、彼女を慕う高弟やお得意先が訪問するようになる。
ある日、直接の師匠であり、育ての親であった静代が訪ねてくる。
「菖蒲は元気にしておりますか?せめて顔だけでも…」
「お前に尋ねてくることを許可した覚えはない。早々に立ち去れ」
「しかし、彼女が出席せねばならないところも…」
「使い物にならないから、あやつが行くところは私が行くと伝えてあるだろう」
あまりにも剣幕に話す様子に身の危険を感じ、その場を去らなければならないほどだった。