第28章 断章 浜辺の誘惑
「やっと目が合ったな」
そういえばまともに彼の顔を見たのは水着に着替えた直後だけ。
後は直視できず、ずっと帽子で隠れるようにしていた。
……せっかくの海なのに。
「ご、ごめんっ、伏黒くんが、その、あまりにも魅力的で、ドキドキして直視できなくてっ」
それを聞いてくすりと笑う仕草でさえなずなの鼓動を早める。
顔から湯気が出ているんじゃないかと思うくらいに熱くて、心臓が破裂しそうな程高鳴って……
そしてついになずなは耐えられなくなった。
「私っ、ちょっと頭冷やしてくる!!」
「あっ、オイ!」
ザッパーンと水飛沫を上げて海に飛び込んだなずなを伏黒が慌てて追いかける。
術式を発動しているんじゃないかと錯覚する程の猛スピードで泳ぎ出したなずなだったが、次第に疲れて海水浴場を仕切る浮きまで到達する頃にはぷかぷか浮いていることしかできなくなり、後から追いかけてきた伏黒に助けられた。
だがそれにもひと悶着あり……
「岸まで行くからしっかり掴まってろよ」
「えっ!?……あのっ、その……わ、私、もうちょっと休憩したら自分で泳ぐからっ」
「先輩達も釘崎達も心配するだろ」
「いや、でもっ……」
全くもって伏黒の言う通りなのだが、ただでさえ直視できないというのに掴まるなんてとてもじゃないができない。
「なら、蝦蟇なら平気か?」
口ごもってなかなか掴まらないなずなを見かねて蝦蟇を呼び出す。
これで蛙が苦手だと言われたらもうどうしようもない。
「う、うん、ありがとう……!」
ホッとひと安心したなずなは蝦蟇の胴体に腕を回して掴まった。
しかし、その様子を見た伏黒は口を引き結ぶ。
自分はダメで蝦蟇には安心してギュッとしがみついて身を任せている姿、
蝦蟇に密着しているやわそうな素肌、
表情がない蝦蟇もこころなしか満更でなさそうに見えてくる。
……非常に面白くない。
「わぷっ!?」
「やっぱやめだ。俺に掴まってろ」
「ふぇぇ……」
蝦蟇を解かれ、寄る辺を失ったなずなは、結局足が届く深さの場所までずっと真っ赤な顔で伏黒に掴まっていた。