第20章 狐の喜劇
おそらくこれで、一座の彼らに会うのは最後だろうと、華音は心の中でもう一度感謝の言葉を贈った。
「華音」
「はい」
「芝居が終盤に差し掛かったら、舞台脇まで上がってこい」
「はい?」
「言っただろう?お前に総仕上げを任せたいと」
「……そこで私は何をすれば良いのですか」
「俺に、されるがままになれ」
長いまつ毛に縁取られた瞳が、刃物のような鋭さを宿している。
その“総仕上げ”の時に、光秀は謀反の芽を潰すのだろうと、華音は理解した。
「……心配いりませんか?」
「おや、してくれるのか?」
「はい。今し終わりましたけど」
言葉は全く可愛げが無いが、光秀を本気で案じているのを感じ取った。
光秀の笑みは柔らかいものになる。
「お前の気持ち、確かに受け取った」
体を傾けた光秀が、華音の頭のてっぺんに口付けを落とすと、狐の面で顔を隠し舞台袖へと消えた。
華音の心にあるのは、少しの心配と不安、そして大きな期待で満たされている。
光秀はこの劇を喜劇だと言った。
ならばきっと、胸のすく大団円に違いないと確信していた時、離れた場所から声がかかった。
「華音さん!」
「よー」
「佐助くん、幸村どの」
華音は二人の方へ駆け寄った。
「見覚えのある側頭部が見えたから、もしかしたらと思って」
「側頭部だけでよくわかったな……また会えて良かった」
「ったく、敵同士だってのに能天気なヤツだな。お前といると調子狂う」
「褒め言葉として受け取っておきます。それで……義元どのには会えましたか?」
幸村は表情を曇らせ、首を横に振った。
「俺らの動きに勘付いたらしい。屋敷に忍び込んだが、あいつはもういなかった」
「やっぱり……会いたくなさそうでしたからね」
「足利義昭には、この国の大名以外にもあちこちに後ろ盾がいるんだろう。追手を察知した義元さんは、家臣を連れてそのうちのひとつへ向かったんだと思う」
おそらく義元はもう、この国にはいない。