【鬼滅の刃】杏の木 ♦ 煉獄 / 長編 / R18 ♦
第3章 鬼の血の子と稀血の柱 ※
「今日は調子が良くないみたいで、お部屋に籠もってて…。でも大丈夫、美味しいご飯作ると、きっと明日は任務に戻られると思う」
日に日に酒の量が増え、とうとう鬼殺隊としての任務にも支障が出始めているのは誰の目にも明らかだった。
それでも炎柱としての、柱の中でも更に抜きん出た実力、次々とベテランが怪我で引退したり、命を落としたりするのが当たり前の中、経験豊富な槇寿郎は貴重な柱でもある。
ぐっと杏寿郎が拳を握りしめる。
「…俺が炎柱になれば……」
自分に言い聞かせる様微かな声でに言い放つ。その言葉は#NAME1#にも届いていたが、敢えて聞こえないふりをする。
この二人の関係に他人が入る余地などないし、干渉するのも失礼だと思っていた。
「ところで!」
姿勢良く座っていた脚を崩し、あぐらを掻いて杏寿郎がいつもの大きな声で言う。
もうその表情はいつもの杏寿郎だった。
「明日は久方ぶりの休みだ!町に出て歌舞伎を見に行かないか?相撲でもいいな!」
蛍は彼の正面に向かい、腰を落とす。
「明日は私は仕事なの。2日ほど、ここには戻れないと思う」
「よもや!それならば今夜はどうだ?まだ夕刻だから夜の町を歩くのもまた楽しいぞ!」
その明るい笑顔を見ると、胸がズキンと痛み、締め付けられる。蓋をしたはずの心がざわつく。
「杏寿郎」
静かに首を横にふる。きっと今の私の表情は、察しの良い彼を落胆させるだろう。
「うむ!なれば仕方ない!またの機会にしよう!」
優しい笑みを浮かべた杏寿郎が、蛍の頬に手を添える。そのまま鼻先が触れあうぐらいまで接近してきた。
だけど、ここまで。これ以上彼から近づくことはなかった。それはまるで、蛍から来てくれるのを待っているようで。
でも、それは許されない。触れることはできなかった。自分の気持ちにブレーキをかけなくてはいけない。
今すぐその唇に自らの唇を重ねたい。そんな気持ちをギリギリのところで我慢し、杏寿郎の姿を見ないようにすっと立ち上がった。
「ん、夕餉の準備…してくるから。ほら、千寿郎くんも待ってるかもしれないし」
そう言うと、彼の返事を待たずにぱたぱたと早足に部屋を出るのだった。杏寿郎はどんな顔をしていただろう?でも彼のことだから、きっと微笑んでいたに違いない。それが、とてつもなく心苦しかった。
