第29章 追憶のバラッド【起首雷同】
意識が浮上する。伏黒は痛む頭をどうにか動かし、状況を理解した。
【鵺】を呼び出せないまま、呪霊の攻撃を受けて気絶していたようだ。
何秒 気を失っていたのだろうか。
【玉犬】の姿もない。破壊――いや、自分が気を失ったことで術式が解けてしまったのだろう。
呪霊がゆったりとした余裕の足取りで近づいてくる。
ここまでだ。
詞織――ごめん。
ずっと一緒にいてやりたかったけど、やっぱり無理みたいだ。
これ以上はどうにもならない。
だから、自分が死んでも幸せに――……。
「【布瑠部(ふるべ)――……】」
【十種影法術】の奥の手……これを発動させれば、目の前の呪霊は祓えるが、自分も確実に死ぬ。
何かを察したのか。
呪霊が唐突に身を強張らせ、ザッと後退して距離を取る。
けれど、その先を続けられず、伏黒はゆっくりと手を下ろした。
――そんなのはイヤだ。俺以外の男に詞織を取られたくない。
詞織を愛して幸せにするのは、一生 俺だけでいい。誰にも譲りたくない。
いないだろ。
詩音以外に、俺より詞織を愛せる人間なんて。
――詞織をこの世で“二番目”に愛しているのは……俺だ!
――『――宝の持ち腐れだな』
ハッと、少年院で宿儺に言われたことを思い出した。
――『オマエ、あのときなぜ逃げた?』
動きを止めた伏黒に、呪霊が訝しげに様子を窺う。
伏黒は深く息を吐き出し、両手を上げて深い笑みを浮かべた。