• テキストサイズ

十六夜の月【アイナナ短編集】

第5章 五夜目.雨




—6小節目—



侍女の申し出を断って、エリは手ずからハンカチにアイロンを当てる。紫陽花を想起させる薄紫色のハンカチを丁寧に折り畳み、胸に当てた。それはまだ仄かに温かくて、なんだか小さな心臓のよう。

あぁ。なぜ、彼の名前を尋ねなかったのだろう。彼女は昨日からずっと、そればかりを考えていた。


その翌日。
エリはいつもと同じように、秘書から明日の予定を聞いていた。内容はそれこそ、いつもとほとんど変わりない。やれどこどこ支店の視察だとか、どこぞの御偉方と会食だとか、そんなものだ。


「 —— 十三時からは、日本舞踊のお稽古。本来ですとその後、先日完成しました例の施設のオープン式典に出席の予定でした。しかし生憎ですが雨の予報ですので、お父上からお嬢様の参列はキャンセルをと申しつかっ」

『え?今、何て言いました?』

「??
お嬢様は、式典へ参列しなくても良いとのことですが」

『違うわ。その前に言ったことがあるでしょう?』


秘書は怪訝そうな顔で、雨の予報…?と語尾を上げて言う。


『そう、雨よ。雨…!あぁ、明日はまた、雨なんだわ』


目を輝かせながら、芳しくない明日の天気を語る彼女に、秘書はまたも首を傾げた。

/ 249ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp