第5章 五夜目.雨
—6小節目—
再
侍女の申し出を断って、エリは手ずからハンカチにアイロンを当てる。紫陽花を想起させる薄紫色のハンカチを丁寧に折り畳み、胸に当てた。それはまだ仄かに温かくて、なんだか小さな心臓のよう。
あぁ。なぜ、彼の名前を尋ねなかったのだろう。彼女は昨日からずっと、そればかりを考えていた。
その翌日。
エリはいつもと同じように、秘書から明日の予定を聞いていた。内容はそれこそ、いつもとほとんど変わりない。やれどこどこ支店の視察だとか、どこぞの御偉方と会食だとか、そんなものだ。
「 —— 十三時からは、日本舞踊のお稽古。本来ですとその後、先日完成しました例の施設のオープン式典に出席の予定でした。しかし生憎ですが雨の予報ですので、お父上からお嬢様の参列はキャンセルをと申しつかっ」
『え?今、何て言いました?』
「??
お嬢様は、式典へ参列しなくても良いとのことですが」
『違うわ。その前に言ったことがあるでしょう?』
秘書は怪訝そうな顔で、雨の予報…?と語尾を上げて言う。
『そう、雨よ。雨…!あぁ、明日はまた、雨なんだわ』
目を輝かせながら、芳しくない明日の天気を語る彼女に、秘書はまたも首を傾げた。