第4章 四夜目.恋のかけら
環のセットアップが、半分ほど終わった頃合いだろうか。満席のメイク室に、新たな客人が現れる。彼は椅子も人も空いていないのをすぐに察し、長い銀髪を揺らして首を傾けた。
「あれ?ここに来るようにって言われたんだけど」
彼が手にしているのは、この後に始まる生放送の台本。辺りを見回す彼に、まず声を掛けたのはエリであった。
『千さん。こんにちは』
「やぁエリちゃん。随分と繁盛してるみたいで何よりだよ」
『窮屈ですよね。すみません』
「謝らないで。嫌味を言ったわけじゃないさ」
エリは周りのスタッフの様子を確認しながら、千と言葉を交わす。皆んな自分のことに必死で、千のことを一瞥はするもののセットをすると手を上げる者はいなかった。
彼女の顔が、真剣味を帯びた。しかしそれはほんの一瞬で、すぐにいつもの笑顔に戻る。
『ごめん、環くん。続きは必ず私がするから、少しだけ待っていてくれるかな』
困り顔で、しかもこんなに丁寧にお願いされたら、いくら環といえど頷く他なかった。
エリはもう一度謝罪した後、部屋の隅のパイプ椅子を環の横にセットする。そして、そこへ千を座らせた。
優雅に腰掛けた千は、くるりと環の方へ顔を向ける。
「ごめんね、君を待たせることになってしまった」
「……べつに」
これがもし、取られたのがエリでなければ。環は先輩に、こんな態度を取らなかっただろう。
この態度がエリを困らせることに繋がると分かっていても、彼は自分をセーブ出来なかった。
環の抱える恋心は、その胸に閉じ込めるには大き過ぎたのだ。