第20章 お返しは貴方の愛で
夕闇が迫る頃、広間には家臣達が集まり、宴の開始を今か今かと待ち侘びていた。
結局、何の宴か分からぬまま、私は自分の席に座って信長様が入って来られるのを待っていた。
(やっぱりこの打掛、ちょっと派手過ぎじゃないかなぁ…秀吉さんが熱心に薦めてくれたから、これにしたけど…見たところお客様もいらっしゃらないみたいだしなぁ)
他所からのお客様をお迎えする宴なら、信長様の正室として煌びやかに着飾っておもてなししなくてはならないが、いつものような家臣達だけの内輪の会なら、あまり派手に着飾るのは気が引けるのだ。
今宵の装いは、黒地に桜の花びらが肩から裾へと染め抜かれた打掛で、夜空に桜の花びらがヒラヒラと舞い落ちる様が目に浮かぶような、美しく幻想的な装いだった。
髪も高く結い上げて、簪をいくつも差し、化粧もいつもより濃いめに仕上がっている。
(ちょっと…気合い入れ過ぎじゃない?何だかすごく居心地が悪いんだけど……)
厨の前から半ば強引に私を連れ帰った秀吉さんは、早速に千代を呼び、私の支度を命じたのだが、二人があまりに意気投合して私を着飾らせるものだから…こんなに派手に出来上がってしまったのだ。
先程から、露わになったうなじの辺りに家臣達の視線を感じて落ち着かない。
(やっぱり髪、下ろそうかな。あまりに露出が多いのは…信長様が不機嫌になられると困るし…)
朱里がうなじを手で押さえ、もじもじとし始めたその時……廊下の方から大きな足音が聞こえてきた。
あっと思った時には既に信長様が入ってくるところで、私は慌ててうなじから手を離して頭を下げた。
が、それがかえって拙かった。
頭を下げた拍子に結えた髪がひらりと揺れて、うなじがガッツリと露わになってしまったのだった。
上座の席へ着くために前を通り過ぎる信長様の足が、私の前で止まる。
(っ…どうしよう…見られてる?)
頭上から見下ろす無言の視線を感じるが、頭を上げるわけにもいかず、小さく身を縮こまらせた。
けれども信長様は私に声を掛けることなくそのまま通り過ぎ、自席に着かれた。
「皆、大儀である。面を上げよ」
威厳のある重厚な声に、ゆっくりと顔を上げると、私の方を見て悪戯っぽく微笑む信長様と目が合った。