第9章 風柱と那田蜘蛛山
当主の言葉に更紗は言い返すことも出来ず、ただ奥歯をきつく噛み締めると同時に、疑問が湧いてくる。
(なぜそこまで詳しくあの時の状況を知っているの?)
以前もそうだった。
攫われた時、当主は更紗に向かって人殺しと口走った。
直接手を下した訳ではないが、見方を変えればそう映ることもあるかもしれない。
だが、それはあの現場を見ていたからこそ出て来る言葉だ。
(自分の家族が……甥が殺される瞬間を黙って見ていたの?しかも……あの方を馬鹿にするような言葉を……!)
当主から自分に投げられた先程の屈辱的な言葉など取るに足らないものとなり、更紗の全身が怒りや悲しみでみるみる満たされ意思とは関係なく涙が溢れそうになる。
そんな更紗の乱れ行く感情を杏寿郎は背中越しに感じ取り、落ち着かせるように言葉をかける。
「こんな輩の言葉に涙を流さなくていい。あの男性は自分ではない誰かの為に闘うことの出来る、尊く立派な人だ。そんな行動があんな輩に汚されるなど有り得ない……ここで涙を流すより前を向いて闘うことが、命を託された君の今するべきことだ」
杏寿郎の言葉に更紗の心はスッと凪いでいく。
だが当主にとってはそんな事すら気に入らないのか、醜く顔を歪める。