第11章 空は霧雨を落とす
私に残されたものは、縁壱さんの手紙。
彼はそれしか残さなかった。それで去ってしまった。
皆を責めるつもりはない。困惑していたのは同じ。受け入れたくない現実があるのは同じ。
結局、醜くも私は生き延びていた。
左手が欠損した。顔の右半分が傷のせいでぐちゃぐちゃになり、右目と右耳が機能しなくなった。
体を大きく斬られたので、満足に動けない。呼吸も使えない。剣士はもうできない。
けれど、奇跡的に歩けるようになった。
その後はお館様が私を親身に支えてくださり、産屋敷に嫁ぐこととなった。
醜い私のことを決して笑ったりしない、真っ直ぐな人だった。
娘が一人息子が一人産まれた。可愛い子供たちだった。
「……阿国、縁壱のことが気になるかい。」
あれから何年もたった日に、夫は私に聞いてきた。
突然のことだった。
皮膚の腐食が激しく、ここ最近は食事もとらなくなった。
もう、長くないのだとわかる。
「……どうしてそのようなことを?」
「いや、ね。縁壱がいなくなったあと、連絡を取り合っていた柱がいたことを思い出してね。炎柱に聞いてみてくれ。…彼もいずれ、痣の寿命がきてしまう。黙っていて悪かった。」
「………いいえ、私何も怒っていませんよ。」
ぎゅっと痩せ細った体を抱きしめた。
「すまない、阿国…結局は一人にしてしまうね…。でも、許してくれるかな。お役目なんだよ。」
「ええ、わかります。…わかりますとも。」
遥か昔、幼い頃。先代のお館様が私におっしゃられたこと。
覚えている。何一つとして忘れていない。
「……子供たちを、頼んだよ…」
「……はい。」
包帯の向こうで夫は笑った。
きっと、あと数秒でその命の灯火は消えてしまうだろう。
大丈夫、大丈夫……。
「私も、すぐに逝きますから」